ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【12月編】

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/25

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

2020年に贈られた1冊『しろいうさぎとくろいうさぎ』が体温並みにあたたかい

しろいうさぎとくろいうさぎ
『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウイリアムズ:著・イラスト、まつおかきょうこ :翻訳/福音館書店)

「絵本」は大人になってからの方が自分にとって意味合いを帯びたような気がする。それはヨシタケシンスケさんの影響も大きい。私たちは大人ぶって気づかないふりをして色んな感情に蓋をして過ごしているのだと思う。そんなだから、身の回りの小さな疑問に着眼し、自由に考える余地を与えてくれるヨシタケ作品に触れると、すーっと視界がひらけるような感覚になる。絵本はとても懐が深いなと思う。

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『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウイリアムズ:著・イラスト、まつおかきょうこ:翻訳/福音館書店)は、どのページを開いても素敵なのである。森で暮らす2匹のうさぎ。心に願いを秘めながら、白うさぎに対して「うん、ぼく、ちょっと かんがえてたんだ」と言葉にする黒うさぎ。時折悲しそうな顔を見せつつ、その言葉は幾度となく繰り返され、お互い大切な存在であることを確かめ合うまで続く。派手さはなく、わずかに変わる色合いと、表情から毛1本、背景の繊細さから、黒うさぎ、白うさぎの心の機微が伝わってくる本作で黄色のたんぽぽは、より象徴的だ。

 大判の絵本だからこそ、感じられる深みと温かみ。英語版のタイトルは、『The Rabbits’ Wedding』だ。この1冊を贈ってくれた後輩から、この冬、結婚の報告を受けた。ここ最近、結婚した、結婚を決めたという人たちを思い浮かべながら、ふたたびこの絵本を手に取り、祝福するとともに心を緩めたのだった。

中川

中川 寛子●副編集長。エッセイ、社会派ノンフィクション、藤子・F・不二雄作品好き。SUSURUさん、杉田陽平さん、K-POPの連載などを担当。12月、自宅のレコードプレーヤーが新調され、幸福度をあげるため、こたつも購入。直近の麺活は「ラーメン二郎環七新代田店」。


レシピなしで作れるようになるレシピ本!? 3パターンの基本の調理法で無限に料理が作れる『おいしいパターンで気ままに作るごはん』(ムラヨシマサユキ/西東社)

おいしいパターンで気ままに作るごはん
『おいしいパターンで気ままに作るごはん』(ムラヨシマサユキ/西東社)

 今年も、もう残すところあとわずか! ということで、個人的にお世話になった本を紹介したい。育休から仕事復帰をしたこともあり、一日が一瞬で過ぎ去って、リアルに「お盆過ぎればすぐ正月」状態。毎日は目まぐるしく過ぎるのに、なぜか食事の準備をする時間だけはしっかりやってきて「ご飯、なに作ろう」と考えてばかり。そんな、献立の呪縛から解放してくれたのが『おいしいパターンで気ままに作るごはん』だった。

 レシピ本だけどレシピが必要なくなる魔法のような本で、調理法は「フライパン蒸し」「焼きっぱなし」「あえるだけ」の3種類。味付けと食材の組み合わせで無限にレシピが生まれるという仕組み。技術は要らないし、頭を使わず作れて、失敗も少ない。

 3パターンの調理法でも、味付けや食材が変わるので、家族も飽きることなく喜んでくれた。そしてどの味付けもめちゃくちゃ美味しい。「何食べたい?」と聞くと「何でもいいよ」と答えていた夫が「クリーム系がいいな」「しょうゆ味の気分」と答えてくれるように(それだけでもえらいっ!)。

 レシピありきで材料が足りないと買い出しに行くところからという日も多かったが、冷蔵庫の中のものを適当に組み合わせればいいので、料理へのハードルもぐんと下がった。そして、料理は自由に気楽にしていいんだ、少し失敗したって味付けが美味しいから大丈夫、と思えるようになったら料理を面倒に思う気持ちも減っていった。ムラヨシ先生、本当にありがとうございました。

 来年も、私を支えてくれる本とたくさん出会えますように。

丸川

丸川 美喜●防災や占い特集、連載などを担当。今年一番読んだ本は『はらぺこあおむし』。息子のお気に入りで、多いと1日20回以上読む日も。どんなに不機嫌でも絵本を開いて“あおむしくん”の歌を歌うとご機嫌になる、神絵本です。


蒐集癖は人間の“ズルい心”をリアルに映す鏡? 『どうしても欲しい!』(エリン・L.トンプソン:著、松本裕:訳/河出書房新社)

どうしても欲しい! 美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究
『どうしても欲しい! 美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究』(エリン・L.トンプソン:著、松本裕:訳/河出書房新社)

 誰しも多かれ少なかれ「何かのコレクター」だったことがあるはずだ。子どもの頃はどんぐりやセミの抜け殻、大人になった今ではスニーカーやアーティストグッズなど。他人から見れば無用な品々を蒐集して感慨に耽るのは古今東西どうやら同じらしい。

 本書は、コレクションの中でもギリシア・ローマ時代の古美術品にフォーカスして、人の蒐集癖の根源に迫ろうとする1冊。美術犯罪研究を専門とする著者によると、蒐集の動機や根源を深く知ることで、現代の犯罪にも通じる重要なヒントに行き当たるという。本書に出てくる権力者や金持ちたちは「どうしても欲しい!」がために盗み、堂々と嘘で粉飾し、自分好みに仕上げるため改造までしてしまう。ポンペイの壁画から気に入った部分だけ無惨に切り取ったり、彫像の性別すら変えてしまったりするのだ。美術的価値を考えたらとんでもない! と感じる人が多いだろうが、蒐集家をこうまで突き動かす衝動源はいったい何なのだろう?

 おもしろいことに、自室の書斎に古美術品を並べ旅行にすら一部携行していたというフロイトにも、人間の蒐集動機を分析した著作はないそうだ。

 ミニマリストとしての生活や整理整頓が行き届いた環境に憧れている人でも、「これだけは持っていたい!」というモノが何かあるはず。自分はなぜここまでこのモノに執着するのだろう……アートに興味がないという人でも、本書は自分の衝動や執着心と向き合う貴重なきっかけになるのでは。

田坂

田坂 毅(たさか・たけし)●大掃除をせねばと整理を始めたつもりが、昔の雑誌や写真集をパラパラ見返しながら無為に数時間も過ごしてしまう……。クラウドでいつでもどこでも楽しめる現代にいながらモノを溜め込んでしまった自分を恨めしく思いつつ、年末を迎えます。


巻を追うごとに高まる青春密度。おそらく今いちばん甘酸っぱいマンガ『君は放課後インソムニア』(オジロマコト/小学館)

君は放課後インソムニア
『君は放課後インソムニア』(オジロマコト/小学館)

 高校時代。帰宅部で取り柄もなくて、ド田舎で遊ぶところもなかった。勉強もスポーツも苦手。楽しみといえばレンタル店で借りた映画のDVDを観るぐらい。ぜーんぜんモテなかった。そんな高校時代を過ごした自分のような人間にとって、これは麻薬のようなマンガである。

 舞台は自然豊かな能登の高校。不眠症に悩まされる丸太は、文化祭の準備中、今は使われていない天体観測室で隠れて昼寝しているクラスメイトの伊咲と出会う。伊咲も人知れず不眠症に悩まされていた。同じ悩みを抱えるふたりは、そばにいるとなぜかよく眠ることができる。天体観測室を守りたいという思いから廃部となっていた天文部を復活させる。

 クラスで目立たないタイプの丸太と、一見、不眠症とは無縁そうな活発なタイプの伊咲。ふたりだけの天文部の部活動を通して、そんなふたりの淡い恋が丁寧に描かれていくのだが、絶妙にリアルで、たまらなく甘酸っぱい。自分があのとき過ごしたかった「青春」というものが、まさしくここに描かれているのが嬉しいのと同時に虚しくもある(笑)。特筆すべきは、やはりヒロイン・伊咲の可愛さ。あらゆる角度から描かれる伊咲の表情は、丸太の目線で描かれているコマが多く、息遣いすら感じられるほどに近くてドキッとさせられる。

 そして最新5巻の合宿編はかなりアツい展開。とにかく読んでみてください!

今川

今川和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。今年はさまざまな変化を強いられる大変な一年でしたが、個人的には良い変化や出来事が多く、ご協力いただいた皆さまに感謝です。来年は年男なので、いろいろ頑張ります!


私にもご先祖さまが居たんだなぁ…『鬼滅の刃 23』(吾峠呼世晴/集英社)

鬼滅の刃 23
『鬼滅の刃 23』(吾峠呼世晴/集英社)

『鬼滅の刃』に関してはもう今更言うこともないのでは……と思いつつも、固唾を飲んで最終回(巻)まで読んできた身として、12月4日に発売した最終巻を挙げずには居れなかった。同作の最終巻レビューに関しては弊媒体で掲載済みなので、そちらを読んでいただくとして…。

 23巻発売後、改めて1巻から読み返したのだが、驚くほど展開が早い。きちんと段階を踏みながら炭治郎たちが強くなっていき、敵も味方も背景がしっかり描かれてるのだが、自分の脳内ではこの倍くらい尺があったような気がしていた。特に産屋敷邸襲撃から、あまりにするっと最終決戦に突入しフィナーレを迎えており、こんな潔くスピーディなことあるか!?と驚いてしまう。私が脳内で感じていた尺は、恐らく咀嚼の長さで、キャラクターのセリフ、出自に行動……そういったものを自分の中で理解していく中で、2倍にも3倍にも味わっていたということなのだと思う。その“奥行き”には感嘆するばかり。

 読了後、最終巻の大ボリューム描き下ろしとメッセージに感動しつつ、明治期にも私のご先祖様が生きていて、鬼はいないけどその後関東大震災、戦争を越えて同じように私の命を現代に繋いでくれたんだなぁと思いを馳せてしまった。その営みは多くの人との関わりの中で紡がれたものであることは間違いない。個で孤立しやすいコロナ禍の中、見えない線が繋がっている実感を得られるこの作品は、やはりいま、大切な物語なのだろう。

遠藤

遠藤摩利江●2020年のアニメで一番印象的だったのは、『ID: INVADED』の6話。寂寥感がたまらない回でした。ヒプアニ2話のお腹に巻かれたマイクにも歓声をあげてしまいました。最近はツイステ5章中編、正座待機しています。


「刑務所に入りたい!」孤独な76歳女性が見つけた光とは『一橋桐子(76)の犯罪日記』(原田ひ香/徳間書店)

一橋桐子(76)の犯罪日記
『一橋桐子(76)の犯罪日記』(原田ひ香/徳間書店)

 本書はとあるお気に入りの本屋さんが導いてくれた1冊だ。帯には大きく「刑務所に入りたい!」。目次を見れば第1章が「万引」で、以下「偽札」「闇金」「詐欺」「誘拐」、そして最終章が「殺人」となっている。引き寄せられるように本を購入した。

 桐子さん(76)は、両親の面倒と介護で婚期を逃し、両親を看取った後、年金とパート代でなんとか生活している状態。夫を亡くした親友のトモと同居していたが、トモが病気で亡くなってしまい、ひとりぼっちになってしまった。将来に不安を感じていたところ、テレビに映された刑務所風景に目をみはる。刑務所に入れば、食事の不安もなく介護までしてもらえるではないか。自分にはこれしかない、と、「人に迷惑をかけずに刑務所に入る方法」を考えるが……。

 桐子さんが犯罪を志すことから広がる人間関係が何とも言えずおかしみがある。これまでの人生では交わらなかったような人と接し、76歳にして世の中には裁ききれない「小さな悪事」がたくさんあることを知る桐子さん。そして登場人物は、どことなく善良で、どことなく自分優先で、桐子さんにも親切だけれどもやはり他人なのだ。その距離感がとてもリアルで、彼らの抱える孤独を身近に感じさせる。

 人生をただ善良に、流されるように生きてきた桐子さんが、最終章「殺人」でたどりついた場所。私は登場人物たちの“善良さ”に生きる希望をもらった気がしている。

宗田

宗田 昌子●今年の年末年始はマンガと韓ドラ三昧予定。M-1ではオズワルドさんを全力応援し過ぎて消耗するも、来年まで生き延びる楽しみができた、とポジティブ転換中。体操の全日本ではキング内村選手の鉄棒の完成度に同じ人類であることを感謝…!


この引力は、きっとこれから多くの読み手を惹きつける。『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)

52ヘルツのクジラたち
『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ/中央公論新社)

 年末ということで、「今年、最もインパクトがあった本」をご紹介したい。町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』。舞台は、大分県の小さな海辺の街。この地に移り住んできた主人公の三島貴瑚は、言葉を失ってしまった少年と出会う。彼を苛む児童虐待と、三島自身が抱える喪失。孤独だったふたりは徐々に、心を通わせていく。「虐待」「LGBT」といった、一見センセーショナルなテーマが織り込まれた作品でもある。

 先日、ダ・ヴィンチニュースでは作家/ライターのカツセマサヒコさんと町田さんの対談記事を掲載した。カツセさんは、町田作品についてこのように述べている。

 登場人物が簡単にハッピーにならないところが好きなんです。『52ヘルツのクジラたち』でも、最後に主人公たちが選んだ道って、ぜんぜん楽なものじゃありませんよね。

 本当にその通りだな、と思う。都合よくきれいに収まっていくことなんて、この世界にはほとんどない(何度も同じことを書いてる気がする。我ながら、常にそう感じてるんだろう)。だから、思うように進まない目の前の事象が、過度に煽ることなく、しかし本質をとらえた筆致で描かれていくさまに惹かれる。町田さんの小説には、そんな引力がある。自分が特に印象に残っているのは、大団円のように物語が閉じる直前、突如降りかかる暴力の存在だった。なぜこのシーンが生まれたのか、どうしてその描写が最終盤に必要だったのか、読了後に考えた。そして、この本に触れる皆さんがその場面から何を感じるのか、ぜひ知りたいと思う。

清水

清水 大輔●音楽出版社での雑誌編集や広告営業などを経て、20年7月よりダ・ヴィンチニュース編集長。
柏レイソルが誇るエースFWマイケル・オルンガが、J1得点王とMVPをW受賞した。チームが7位なのにMVP(!)。全然スタジアムに行けず無念な1年だったけど、彼のゴールに興奮し、元気をもらった。ありがとう、ミカ。