「泣いた赤鬼」を新解釈! 村に迫る妖魔に相対した半郎たちは…/板倉俊之『鬼の御伽』①

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/6

お笑い芸人・板倉俊之(インパルス)が、新解釈で新たな御伽噺を紡ぐ最新作『鬼の御伽』(ドワンゴ:発行、KADOKAWA:発売)。本連載では、有名な童話「泣いた赤鬼」を、オリジナル要素をふんだんに盛り込んで新たなエンタメに昇華させた「新訳 泣いた赤鬼」の冒頭を5回に分けて試し読み。

鬼の御伽
『鬼の御伽』(板倉俊之 :著、浅田弘幸:装画/ドワンゴ:発行、KADOKAWA:発売)

「新訳 泣いた赤鬼」第一章

 奴らは雨の夜にやってくる。

 人間が火の力を発揮できず、視界が利かないことを知っているからだ。村を囲む、丸太をつなぎ合わせた柵の向こうには、夥しい数の妖魔が漂っていた。

 物見櫓の手摺りを摑みながら、半郎は固唾を呑む。

「どうしましょう?」

 隣で妖魔の群れを見つめている雷閃に訊いた。

「いまのうちに、なるべく減らしておこう」

 涼しげな眼差しを遠くへ伸ばしたまま、雷閃は長弓に矢を番え、弦を引いていく。

 柵の向こうに広がる暗闇の中には、不気味に光る妖魔たちの無数の目が、おぼろげに浮かび上がっている。耳にまとわりつく雨音は、奴らの囁き声のようだった。

 びゅ、と風切り音が鳴り、後ろで結わいた雷閃の髪がわずかに揺れる。まもなく、闇の中で一対の光が消えた。

 それを皮切りに、妖魔たちの動きが活発化した。闇に浮かぶ光の群れが、猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。

 左右の見張り台からも矢が放たれはじめた。

「先に下に降りておけ。門に張りつかれる前に出るぞ」

 二の矢を番えながら、雷閃は落ち着いた声音で言った。

「はい」

 雷閃の邪魔をしないように後ずさると、半郎は梯子を降りていく。途中で横棒を蹴って跳び、地面にできた水溜まりの上に着地した。

 付近には人だかりができていた。

 村人たちは雨に濡れながら、不安げに櫓を見上げている。戦況が気がかりで仕方ないのだろう。男の姿しか見られないのは、女と半郎以外の子どもは、雨の夜の外出を禁じられているからだ。

「まだ出ないのかなあ?」

 門の前で待機していたらしい岩持丸が、呑気な声で訊いてきた。岩持丸は細長い籠を斜めに背負っており、そこには、優に六尺を超える一本の金棒が納められている。いまの半郎には、持ち上げることさえできないだろう。

「じきだと思います」

 半郎は、おにぎり型の顔を見上げて答えた。

「そう」

 片手で大きな石を弄びながら、岩持丸は返事をした。彼は雨さえ気にしていないようだ。

「門を開けろ。出る」

 頭上でその声が聞こえてまもなく、雷閃が梯子を降りてきた。

「矢も撃つなよ。味方に殺されるのは御免だ」

 別の見張り台に向かって言いながら、雷閃は長弓を放して刀を抜く。額の鉢金と左の籠手くらいしか防具を着けていないのは、俊敏さを低下させたくないかららしい。

 柵に設けられた唯一の門が、村人二人の手によってひらかれる。

「俺も、連れてってくれ」

 思いつめた表情で、鍬を持った村人の一人が雷閃に詰め寄った。妖魔に特別な恨みを持っているようだ。

「やめておけ。死人が増えるだけだ」

 そのとおりだと感じたのだろう、村人は悔しげに目を落とし、それ以上何も言わなかった。

「行くぞ」

 雷閃が歩きはじめた。岩持丸がその横につき、半郎は二人のあとにつづく。

「雷閃、岩持丸、あいつらをやっつけてくれ!」

「頼むぞ、半郎!」

 村人たちが背中に声援を投げてくる。ほかの名が呼ばれることはない。外に出るのは、いつも三人だけだ。

 草履で泥水を踏みつけながら、半郎たちは門を抜けていく。

 扉が閉じていく中、半郎は振り返り、大きく一度頷いた。村人たちの声援が勢いを増す。

 門が閉まり切ると、声援の音量が下がった。

 雷閃は刀を下段に維持したまま走り出した。半郎も地面を蹴り、足を速める。岩持丸はいつもどおり、歩いたままついてくるらしかった。

 村に損害を出さないために、門から少しでも離れた場所で戦うのが好ましかった。仮に何体かの妖魔が、半郎たちとすれ違って柵までたどり着いたとしても、一箇所に大挙させなければ問題はない。柵の隙間から槍で突き、破壊される前に倒すことができるからだ。村の男はみな、その訓練を受けている。

 妖魔たちの光る目が、薄闇に残像を刻みながら接近してくる。

 いよいよだ─半郎は意識的に気持ちを落ち着かせる。

「ぜんぶ低級妖魔みたいだな」

 走りながら、雷閃は刀を上段に構える。刹那─。

 振り下ろし、横振り、斬り上げの順に剣術を繰り出し、雷閃は三振りで三体の妖魔を倒した。断末魔の叫びさえ上げることを許されなかった妖魔の屍は、どれも真二つに切断されていた。

 雷閃が足を止め、刀の血振りをする。

「このへんでやるぞ」

「はい」

 半郎は、その背後にぴたりとついたところで立ち止まった。

 前方と左右を、妖魔たちが取り囲む。水を蹴る無数の足音が、一斉に鳴りやんだ。

 ここまで近づくと、薄闇の中でもその姿を捉えることができた。低級妖魔は、並の大人より少し上背があり、皮膚や顔のつくりは爬虫類に近い。鋭い牙と爪は、人を捕食するために進化したのだろう。

 蛇に似た声を発し、妖魔たちは威嚇してくる。

「頼むぞ」

<第2回に続く>