母と娘の厄祓い代行/『運動音痴は卒業しない』郡司りか⑯

小説・エッセイ

公開日:2021/2/1

郡司りか

 母からメールが来ました。
「厄祓いに行かない?」

 厄祓い?
「カフェに行かない?」の間違いじゃないか。

 近頃、私は仕事がさらに楽しくなり、母からの「お買い物に行かない?」「お散歩に行かない?」「ランチに行かない?」「ちょっとそこまで行かない?」その他もろもろを先送りにしていました。母も仕事好き人間なので頻繁には誘ってきませんが、たまのお誘いも私がうやむやにしてしまっていました。

 でも、厄祓い? それはちょっと気になる。
 でも、誰の? 母はもう終わったはずで、私はまだ数年先だ。

 また母からメールが来ました。
 「てっちゃんの」

 お父さんの厄祓い!?

 「お父さんは行くの?」
 「行かないよ!」

 行かないの!?

 はたして代理で厄祓いが出来るのかわからないけれど、母について行くことにしました。

 私はお祓いをしてもらうことが好きです。特に、あの白くて大きな紙束が好きです。調べたら御幣(ごへい)と言うらしい。あれで頭上をふさふさとしてもらうと、なんだか心まで綺麗に埃を払ってもらった気分になります。単に紙が揺れて伝わる風が気持ち良いのでなく、見えない何かの力が働いているように思うのです。

 母とは神社へ行く途中で待ち合わせしました。前回見た白いふさふさを思い出しつつ、気になっていたことを確認します。

 「そもそも厄祓いって代理でできるん?」

 「うん! できるらしいで〜」

 「お父さんはそりゃ行かんよなぁ。占いとか神様とか興味ないもんね。」

 「そうやなぁ。」

 母は何か言いたそうでした。

 他愛もない話をしながら2人でトコトコと神社に向かいます。私は家族と過ごす移動時間が昔から好きだです。こうやって、頭に浮かんだことをそのまま出しても許される自由な時間だから。

 母が、用意していたように話し始めました。
 「りかの産まれてきてくれたときの喜びは何にも代え難いものよ。」

 それは過去に何度も何度も話してくれた出産時の話でした。もちろん、何度も話したことをお互い知った上で、その話の流れを確かめ合うように話しました。笑いながら話しました。笑っていないと涙が出そうでした。最近ふたりで出かけることが少なくなったので、いつでもできた話がとても久しぶりになってしまっていたことにそのとき気付いたからです。

 神社に着いてからも、こっそり母の横顔を眺めました。私たちは特別に何かを信じているわけではないけれど、祈るときは丁寧に本心で祈るようにしています。父の健康を願う母は昔から知っている横顔であり、その変わらない様子にホッとして思わず神様に感謝しました。

 帰り道で、一緒にお昼でも食べたいなぁと思いながら正直に話しました。
 「私、あの白いふさふさが好きやから、今日はついて行こうと思ってん。」

 母は驚いた顔をして笑いました。
 「私もあのふわふわが大好きやねん!」

<第17回に続く>

プロフィール
1992年、大阪府生まれ。高校在学中に神奈川県立横浜立野高校に転校し、「運動音痴のための体育祭を作る」というスローガンを掲げて生徒会長選に立候補し、当選。特別支援学校教諭、メガネ店員を経て、自主映画を企画・上映するNPO法人「ハートオブミラクル」の広報・理事を務める。
写真:三浦奈々