華麗で芸術的なトリックに魅了されて――『霧越邸殺人事件』/佐藤日向の#砂糖図書館⑩

アニメ

公開日:2021/2/6

声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像や舞台でも活躍を繰り広げる佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本やマンガから受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。

佐藤日向

理想や幻想というのは幸せをくれる反面、一歩間違うと危険を伴う可能性がある。
たとえば、あるアイドルが好きだとして、
「〇〇ちゃんは眼鏡をかけている姿が一番可愛いのに、何故最近コンタクトに変えたのだろう。全く似合っていない」
みたいな思考があったとする。

もちろんこれもひとつの意見と捉えられるが、実際には自分の理想を押し付けてしまっている可能性もある。

提案と理想の区別はすごく難しく、それが相手の負担になっていないか、と考え始めるときりがなくなってしまうが、一番危険だと思うのは、理想と現実の境界線が曖昧になることだ。

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今回紹介する『霧越邸殺人事件』は、まさに登場人物たちの幻想と現実が混沌としていて、特に「幻想」の部分が魅惑的でミステリアスに描かれている作品だった。

『霧越邸殺人事件』は1995年に初版が発行された綾辻行人さんの作品で、私は2014年に改めて発行された<完全改訂版>を手に取ってみた。

私は元々、気に入った作家さんの作品ばかりを読む癖があるのでどうしても読む作品が偏ってしまうが、私の大好きな作家のひとりである辻村深月さんが、ご自身のペンネームに”辻”という文字を入れるほどお好きな作家さんが綾辻行人さんだ、という記事を読んだことをきっかけに、本作を手に取ってみようと思った。

 

『霧越邸殺人事件』の舞台は、湖畔に佇む霧越邸という屋敷だ。

劇団員たちが、吹雪の中たどり着いた霧越邸で起こる4つの事件が、クライマックスにどう繋がっているのかを想像すると、ページをめくる手が止まらなくなる。

特に私が面白いと思ったのは、この作品における視点の位置だ。

ミステリーの構成として多いのは、やはり探偵役の視点。

でも本作は、言うなれば”ワトソンの視点”で描かれている。

なので、「この謎はどうなるんだ! 誰か早く解決してほしい!」という気持ちになるのだが、ラストのトリックを明かすシーンでは、伏線回収からのどんでん返しがあり、この作品特有の不気味さや血なまぐさい空気を物語っている。読んでいて、この屋敷に漂う息苦しさが直に伝わってくるような感覚に陥った。

 

また、この作品の舞台である屋敷のアンバランスな存在感や、少し現世とかけ離れた印象を与える一番のポイントは、作中に登場する数々の芸術品だと思う。

私が知らない作品や、この作品を読んだことで初めて出会う詩集などもあったが、それらが生み出しているこの屋敷独特の空気感や、屋敷の存在意義とも言える”祈り”が、私にも漠然と伝わってきた。気づけば、80年代にトリップした気分で屋敷を楽しみながら読んでいた。

これらの芸術作品に基づく”見立て殺人”に詰め込まれた犯人の理想は、作中で起きていることが残忍な殺人であるにもかかわらず、魅力的だと読者に思わせてしまう。それほど、綾辻さんのアーティスティックなトリックが印象的だった。

 

上巻の物語が始まる前に、

「これより皆様を、一九八六年晩秋の華麗なる”吹雪の山荘”へご招待いたします。“うつし世”のあれこれをしばし忘れ、ごゆっくりお楽しみください。」

という、綾辻さんからのメッセージがある。

ぜひ、文学的でミステリアスな霧越邸での時間に、どっぷり浸って頂きたい。

 

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。

公式Twitter:@satohina1223
公式Instagram:sato._.hinata
レギュラー配信番組『佐藤さん家の日向ちゃん』:https://ch.nicovideo.jp/createvoice