“いい人”にはもうならない。自分を変えてまで周りに溶け込まなくていい/ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。 寂しくなくて疲れない、あなたと私の適当に近い距離①

暮らし

公開日:2021/2/19

オトナになるほど複雑になっていく人間関係。近すぎても疲れるし、遠すぎても寂しい。重すぎてもしんどいし、軽すぎても不安。そんな面倒くさい心の存在を認めて、自分の感情を自分で尊重してあげよう。疲れた心のお守りになる一冊から厳選してご紹介します。

ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。 寂しくなくて疲れない、あなたと私の適当に近い距離
『ほっといて欲しいけど、ひとりはいや。 寂しくなくて疲れない、あなたと私の適当に近い距離』(ダンシングスネイル:著、生田美保:訳/ CCCメディアハウス)

PROLOGUE

 幼い頃から群れに混じるのが苦手だった。学校ではクラスメイトという水の中でひとりだけ油のしずくとなって浮遊している気分だった。大人になれば人間関係が自然と難しくなくなるだろうと思っていたが、とんでもない。気を遣うこと、わきまえておくべきことが増えるだけで一向にやさしくならない。ケータイでメッセージをやりとりするとき、最後の挨拶はどのタイミングで切り上げればよいのか。仕事の話をするときにスタンプを送ってもよいのか。1~2年に1回しか連絡しない友達の結婚式には出るべきか。ご祝儀はいくら……、といった悩みが新たに生じた。

 そういうことで頭がいっぱいになると、クレヨンで塗りつぶした画用紙の上からさらに色を塗りつけている気分になる。あれやこれやで心がすり減っているときは、ますます人が嫌いになり、一週間くらい口をきくのもイヤになる。関係エネルギーが底をついているサインだ。人間関係のデトックスをしなくてはいけない。

 

 みんな、ちょっとずつそうなんだろうか。人より猫、犬(あるいは植物や無生物)にはまる人が圧倒的に多い最近の世相も、これを表しているのではないかと思う。にもかかわらず、ひとりで生きていけるフリをしている自分が実はいかに軟弱で他人に依存した存在であるかをつねに目の当たりにするので、本当に矛盾している。芸能人の死亡記事や知人の結婚式といったことが心に波風を立てる。人というのは、まわりの人の人生、さらには生まれてこのかた一度も会ったこともない誰かさんのニュースとも、まったく無関係には生きられない。

 しかし、そうやって人に疲れながらも、人間関係からしか得られない満足感をつねに渇望している。だから私は、人に会っても消耗せずに自分の生活とのバランスを保つための、自分に合った人間関係対処法をいくつか守っている。昨年から続いているルールのひとつは「嫌いな人と義務感で会わないこと」。簡単そうに聞こえるが、実践するとなると考慮することがたくさんある。どの程度嫌いな人までで区切るか、どこまでが義務感なのか、基準を見つけるのが意外と難しい。あれもイヤこれもイヤと言っていたらひとりよがりになってしまうのではという不安もある。けれど、そういうときこそ自分の心に最大限に耳を傾ける。

 ストレスが多い時代のせいか、数年前から「小確幸」※が流行している。しかし、ストレス状況を受け入れてから解消法を探すより、最初からイヤなことはしないように努力したほうが、心穏やかに暮らすのにはるかに効果的だと気づいた。その努力の一環として、自分の精神衛生に少しでもネガティブな影響を与える関係は適当なところで終わりにする「関係ミニマリズム」を実践している。誰にとってもいい人になろうとは思っていない。自分の心が楽ならば、他人が下す評価は気にしないことにした。すでに人生の大部分を、他人の顔色をうかがい、壊れた自尊心を回復させることに費やしてきたので、残りの人生はもうそうやって生きたくはない。

 これからは、いい人にも人気者にもなりたくない。それよりも、自分のものさしでもっと幸せな、心地よい人生を生きることにエネルギーを集中させたい。やりたいこと、会いたい人、書きたい文章、描きたい絵をもっと重視して。そのために、しなければいけないこと、会わなくてはいけない人、書かなくてはいけない文章、描かなくてはいけない絵に費やす時間を最小化する。それが自分にもっと合った生き方のように思う。

 水をたくさん飲むのがダイエットによいと聞いて毎日2リットルずつ飲んでいたら手に湿疹ができた、という知人がいる。病院に行って原因を尋ねたところ、今まで飲んでいなかった水をいきなり大量に飲んだので、それが体外に出てきたのかもしれない、と言われたそうな。人間加湿器になったのかと大笑いしたが、そこから大切なことに気づいた。みんながいいというものが、必ずしも自分にもいいわけじゃないんだ、と。

 人によって、状況によって、楽でいられる関係の種類と範囲は異なる。ある関係に水のように混じれないなら、油のしずくのまま生きればよいのだ。自分を変えてまで、その集団に溶け込もうとムリはしないつもり。会わなくてはいけない人より、会いたい人に1回でも多く会って生きていきたい。

 適当に近い距離で、それほど優しいわけでもない私を理解してくれて、そばにいてくれる家族、友人、知人に、心からありがとうと伝えたい。

※小さいけれども確かな幸福の略。村上春樹による造語。

<第2回に続く>

あわせて読みたい