ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【2月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/2/26

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

風化以前に現実さえ知らない3.11の福島『家族写真 3.11原発事故と忘れられた津波』(笠井千晶/小学館)

家族写真 3.11原発事故と忘れられた津波
『家族写真 3.11原発事故と忘れられた津波』(笠井千晶/小学館)

 2011年3月11日から早くも10年が経とうとしている。当時、実家の茨城から通勤していた私は、会社で夜が明けるのを待った。報道される悲惨な光景が現実のものとは思えなくてただただ茫然としていた。ここ一年でいえば、『典座 -TENZO-』『Fukushima 50』『浅田家!』と3.11に関する作品に触れ、立場が異なる被災者の感情に触れたつもりでいた。もちろん当事者ではない私が軽々しく理解できたなんていうことは到底不可能だが、毎回胸が張り裂けそうになった。『家族写真 3.11原発事故と忘れられた津波』は、福島第一原発から近く、集落の7割が津波被害を受けた南相馬市萱浜地区で暮らすある被災家族を、著者の笠井千晶さんが7年間にわたり追い続けた記録だ。避難指示区域のため、捜索は難航。誰も来てくれないなら、自分で探すしかないと、津波で亡くした両親と、8歳と3歳の子ども2人を、我が子を守れなかった深い後悔と自責の念にかられ、せめて見つけ出したいと幾度も探し続ける父。遺影を目の前にした両親への心の変化、こみ上げるマスコミや企業への怒り。「狂いそうだった」「死んでしまおうか」と形容される心情……。一生消えることのないだろうその悲しみは想像を絶する。よく3.11を忘れてはならない、風化させるなというがそれ以前に、本当の福島の現実を私はどれだけ知っているのか。読みながら何度も涙をぬぐった。

中川

中川 寛子●副編集長。エッセイ、社会派ノンフィクション、藤子・F・不二雄作品好き。運動に目覚めた2021年、最近は登山にヨガ&ピラティス、ランニングを実践中。10km走って銭湯サウナ後のラーメン餃子ビールセットは幸せの極みでした。『ウチカレ』の光君にハマり中。


ウェス・アンダーソン監督の美しい世界が現実に 『ウェス・アンダーソンの風景』(ワリー・コーヴァル/DO BOOKS)

ウェス・アンダーソンの風景
『ウェス・アンダーソンの風景』(ワリー・コーヴァル/DO BOOKS)

 軽快なテンポで心温まるコメディをシュールで不思議に、それでいておとぎ話のように美しく仕上げた世界。ウェス・アンダーソン監督の作品は、どのシーンを切り取っても、完璧で圧倒的な美しさがある。

 当時、中学生だった私は『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のマーゴに憧れて、ラコステのポロワンピに、囲み目メイクでどうやってかわいくなれるかを研究した。(囲み目メイクは、全く似合わず、断念したけど……)

 レトロな建物にこだわりのセットや衣装、印象的な色の組み合わせ、シンメトリーな構図。見ているだけで気分が上がる風景は、ウェス・アンダーソン監督のフィルターを通して生まれるものなのだと思っていた。だが、世界にはウェス・アンダーソンな風景があるらしい。

『ウェス・アンダーソンの風景』の著者、ワリー・コーヴァルさんはウェス・アンダーソン監督の映画に出てきそうな場所の写真を偶然目にし、「旅行に行きたい場所のリスト」を作り始めたのがきっかけで“この風景”を撮りはじめた。そのインスタグラム・コミュニティ「Accidentally Wes Anderson(AWA)」のフォロワーは129万人にものぼり、冒険者たち(AWAのフォロワーのこと)によって日々更新されている。

 そうはいってもヨーロッパとかアメリカのおしゃれエリアばかりでしょ…… と思っていたら大間違い。日本を含むアジアも取り上げられている。本当に、どのページもウェス・アンダーソンらしさ全開! しかも解説もしゃれていて、読み物としても面白い。

 ウェス・アンダーソンの風景はおとぎ話の世界ではなく、意外と身近にあるのかもしれない。そう思ったら、近所のお散歩もたのしくなりそう。

丸川

丸川 美喜●育児やホラーなどの連載を担当。もちろんウェス・アンダーソン監督は、好きな映画監督の1人。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』に続き、フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』を観てかわいさに悶絶。そして、お洒落な大人の女性=毛皮のコートのイメージが付きました。


advertisement

学校の図書館で夢中になったあのころの「懐かしみ」を味わえる。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上』(暁佳奈/KAエスマ文庫)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 上』(暁佳奈/KAエスマ文庫)

 この作品を知ったのは3年前に放送されたアニメから。映像と物語の美しさに惹かれ、当然ながら2本の劇場版も観に行き、当然ながらどちらも涙して劇場を後にした。私のアニメの楽しみ方は大抵ここまでいくとかなりハマったといえるのだが、原作小説にも手を出したのはドハマった、ということになる。

 ドハマりの理由は、まずこの物語に「懐かしみ」を覚えたこと。小学生のころ、学校が推薦する続き物の名作を図書館で夢中になって読んでいた感覚を思い出した。この『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が低年齢向けということではなく、この物語の世界観や空気感に、もっと浸っていたいという感覚、いわゆるロス状態を久しぶりに味わったからだ。もうひとつの理由は、最近公開された映画の影響もあり、小説が手に入りにくく、焦らしをくらったため。結果、同作の制作をした京都アニメーションのECサイトで発見できた。まさに灯台下暗し。

 原作は、内容はもちろん、私のロス状態を期待以上に埋めてくれた。アニメは主人公のヴァイオレットの視点で描かれていたが、こちらは彼女を取り巻く仲間やクライアントの視点になっていることと、エピソードの順番が大きく異なっていたため、かなり新鮮な気持ちで読むことができ、しっかりと「懐かしみ」を堪能させてもらった。

 ヴァイオレットは手紙の代筆屋としてさまざまな人と心を通わせる。読後、「手紙っていいな、最近全然書いてないな」とぼんやりと考えていたら、小学生や中学生のころに夜中に書いたラブレターを思い出し、あまりの恥ずかしさにしばらく両手で顔を覆っていましたとさ。

坂西

坂西 宣輝●週末はお気に入りのスニーカーを履いて2時間ほど散歩している。ただ、どんなに気に入っていても長時間の歩きには向かないスニーカーが多く、すぐ帰宅することもしばしば。通販ばかりでなく、ちゃんとお店で試着して買うことも大事だなと今さらながら痛感。


ジャルジャルのコントの真髄につながるものを感じた『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(福徳秀介/小学館)

今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(福徳秀介/小学館)

 ジャルジャルのコントに漂う男子高校生的な空気感が好きだった。以前は若手だからそう感じるのかと思っていたけれど、キングオブコントの王者となった今もなお彼らのコントにはそういう空気感がある。なんというか、計算し尽くされたネタの中に、“割り切れない歪な何か”が紛れ込んでいるような感じ。ジャルジャルの福徳秀介さんが書いた初の小説『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を読んだら、その“割り切れない歪な何か”の秘密が知れたような気がした。

 さえない大学生・小西徹のなかなか青くならない青春について書かれているのだが、エピソードの端々に誰もが多かれ少なかれ経験したことのある二十歳の頃の痛々しくて、恥ずかしくて、叫び出したくなるような感情が渦巻いている。「孤独でさえない自分」を認めたくないがためにキャンパスで年じゅう日傘を差し「変わり者」を演じてしまったり、唯一の友達がいつのまにか彼女を作っていて寂しくなったり、恋心に不器用に振り回されたり。書き連ねられた小西の“自意識のかたまり”は、かつての自分を見つめているようで、胃が痛くなった(笑)。そして、気づいたら小西を応援している自分がいた。

 そして、この小説だが、中盤以降、ある出来事により怒涛の展開を見せる。驚いたし、不覚にも泣いてしまった。詳しくは書けないが、そこにもひとつの“割り切れない歪な何か”があり、その“何か”に真摯に向き合う福徳さんの文章が心に染みた。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。『ダ・ヴィンチ』2021年3月号「男と男のマンガの話」特集の「三十路男子のラブコメ座談会」に参加しました。ノーカット版がこちらで読めます。年甲斐もなく恥ずかしいことを語り散らしていますので、ぜひ読んでください!


喪うことから始まる、異色の“後日譚ファンタジー”『葬送のフリーレン』(山田鐘人:原作、アベツカサ:作画/小学館)

葬送のフリーレン
『葬送のフリーレン』(山田鐘人:原作、アベツカサ:作画/小学館)

 なんとこの物語、勇者一行の一員であるエルフ・フリーレンの仲間が死んでいくところから幕を開ける。とはいっても冒険の中で熱く勇猛果敢に戦って後は頼んだ!!……と死ぬのではなく、もう魔王は倒しちゃったし、勇者はおじいちゃんで死因は恐らく老衰だしで、何の悲劇もなく、「終わった後」の世界が展開されていく。

 冒頭の展開に驚きつつ、ここから始まる読んだことのない“勇者一行の後日譚”に、深く心を揺り動かされた。エルフで長寿ゆえに、必然的に見送る立場になるフリーレン。彼女にとって人間の寿命など短いもので、元来の感情の起伏が少ないクールな性格も相まって、彼女目線で見る仲間の死は悲嘆とは遠い「少しの悲しみ」にすぎない。しかし、その後の旅の中で、仲間が言った言葉、長寿のフリーレンを思ってした行動が、彼女の中で気づきとなったり思い起こされたりするたびに、先立った彼らの存在や生き様が鮮やかに、より生々しく刻まれていくのだ。

 それは悲しみを再確認する作業ではなく、残したあたたかさの形を認識するような行為だ。神聖な気持ちにすらなり、涙ぐみながら何度も表紙に戻ってタイトルをかみしめてしまった。本書は、喪失を経験した多くの人の琴線に触れるものを持っていると思うし、そうでない人にも、自分の身の振り方について考えさせられるものがあると思う。自分を含め、恐らく人の生は思っているより短いんだろう。

 現在3巻まで出ている本書。フリーレンは新たな仲間と、目的の地に辿りつくことができるのか、そこで何を見るのか。今後の旅に、ワクワクとした期待しかない。

遠藤

遠藤 摩利江●アニメ「進撃の巨人」を一期から全部見たが、改めて名作すぎて随所で床に芋虫のように転がってしまった。特に最新第70話、ガビ、カヤ、ファルコのことを考えると何も言えなくなってしまう。全人類に見てほしい。最終回が迫っていることを考えると、楽しみなような、終わってほしくないような……。


キュンもジーンもなくてもあたたかいふたりの関係性『夜明けのすべて』(瀬尾まいこ/水鈴社)

夜明けのすべて
『夜明けのすべて』(瀬尾まいこ/水鈴社)

 理由もなく自己嫌悪まみれになって、生きる価値のない人間だと自分を責めまくる……私に毎月訪れる症状だ。年齢を重ねPMS(月経前症候群)との付き合いが長くなっても、この先もこのつらさに慣れることはない気がする。

 藤沢さんはずっと重いPMSに悩まされている。PMSが原因で前の職場を退職し、たどり着いた今の職場で、パニック障害のある山添君と出会う。山添君もまた、パニック障害によって前の会社を辞め、恋人とも友達とも離れひとりで生きてきた。

 パニック障害になる前の自分と現在を比較して卑屈になる山添君に、藤沢さんがぶつけた率直な感想が興味深い。

「山添君、昔の自分がよっぽど好きだったんだね」

 藤沢さんはPMSに悩んでいない自分をほとんど知らない。ずっと人からどう思われるかを過剰に意識してきた。唯一の例外が山添君。「好きじゃない、恋愛対象じゃない、友情も感じない」とすら言い合えてしまう。自分のことは諦観しているふたりが互いのことは興味をもって介入できる。胸キュン要素もジーンとくる友情シーンもなくても、どことなくお互いを補足し合うふたりに心がほっこりとして、いつまでもその関係を見ていたくなる。

 PMSやパニック障害はできれば避けたかったけれど、それによって出会ったものの価値に気づいたとき、ふたりは一歩踏み出せた。毎月のPMSがつらくても、生きていく限りは少しでも生きやすくありたい。そんな希望をくれる素晴らしいラストだった。

宗田

宗田 昌子●先月に続き、今月も積読本の数だけが増える。たくさんの本を前に期待している自分が好きなのかも、と自己分析中。ドラマは『俺の家の話』が好き。あくまで“俺の家の話”。本書もあくまで“藤沢さんと山添君の話”。無理に一般化も共感もしなくていい。


町田康的グルーブ×新喜劇!? 長年のファンには新しい『湖畔の愛』(町田康/新潮文庫)

『湖畔の愛』(町田康/新潮文庫)

 町田康さんの小説は、大半読んできた。1作目の『くっすん大黒』が1997年の刊行だから、10代からもう四半世紀近く、読者でい続けている。好きな作品は、ダントツで『告白』と『ホサナ』。手元にあるこの2作品は、前者が文庫で800ページ超え、後者が単行本で700ページ弱。長ければ長いほど、いい。町田作品特有のグルーブに身を委ねる時間は、長いほうが心地いい。さも当たり前のように目の前で理不尽なことが起きて、何を考えているのかさっぱりわからない輩が現れて、主人公は驚き戸惑いながらも会話はつながっていき、気づけば物語に飲み込まれている――町田作品を読んでいて、何度もそんな体験をしてきたように思う。

 その意味では、先頃文庫化された『湖畔の愛』は、幾分か手触りが違う印象を与える作品だった。「むっさいい感じで営業している九界湖ホテル」に次々現れるのは、理解不能な言葉をまくし立てるおじさん・雨女・美人すぎる女子大生、など。十分すぎるくらいに理不尽な存在が押し寄せてくるんだけど、「何を考えているのかさっぱりわからない輩」が現れるのではなく、ホテルという舞台の上で、きれいに話が回収されていく。吉本新喜劇が引き合いに出される本作だが、この気持ちよさは新鮮だった。800ページを読んでいる間中、なんとなく心の中でニヤニヤしていられるのが『ホサナ』だとしたら、数ページに一度爆発力のある笑いが飛んでくるのが『湖畔の愛』。うーん、どっちも好きだけど、やっぱり長いのも読みたい!

 

清水

清水 大輔●音楽出版社での雑誌編集や広告営業などを経て、20年7月よりダ・ヴィンチニュース編集長。なんとなく、頭からっぽでマンガを読みたい気分になって、気づいたらなぜか『ナニワ金融道』を通しで再読していた。大人になって読み返すと、勉強になりますね。