ペットの話/和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。④

小説・エッセイ

公開日:2021/3/17

人気お笑いコンビ・和牛の初エッセイ『和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』。日常のひとコマから子どもの頃の思い出、劇場のことなど和牛節が全開! 本書から人気のエッセイを全6回でお届けします!

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。
和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。』(和牛 水田信二、川西賢志郎/KADOKAWA)

ペットの話 川西賢志郎

 犬派か猫派かみたいな話はよくある。僕はどちらも可愛いと思うが、犬派と答えるようにしている。それは、自分が今まで犬しか飼った経験がないからだ。初めて犬を飼ったのは、物心ついてすぐくらい。父親が番犬として飼うために、すでにそれなりに大きくなった雑種の犬をどこからかもらってきた。名前はなにがいい?と聞かれ、僕は「銀」と答えた。その当時、『銀牙―流れ星 銀―』というアニメが好きで、その主人公の犬の名前が銀だったからだ。ざっくり説明すると、怪物のような巨熊に銀率いる犬達が闘いを挑むというアニメ。アニメでの銀は主人に対して従順で賢いが、父犬の仇である熊を倒すべく仲間集めの旅に出る。うちの銀も主人の意向に従い番犬としてよく吠えた。通行人、家族、見境なく吠えに吠えた。そして、逃げた。ほんの数カ月の出来事だった。あいつにも仇討ちなどのっぴきならない事情があったのだろうか。正直、この当時の記憶は僕の中でとても曖昧で、とにかく覚えているのは〝銀怖い〞ということだけ。それ以来、川西家では犬を飼わなくなった。

 数年経ち、僕が小学4年生になった頃。いつも通り家に帰って扉を開けると、誰もいないはずの居間に一匹の犬がいた。おれん家に見知らぬ犬がいる……どういうこと? 状況が飲み込めないままでいると、テーブルの上に一枚の紙を見つけた。スーパーの広告で、裏に明らかにおかんが書いたであろう字が並んでいる。

「はじめまして。僕の名前は鉄(テツ)。マルチーズのオスで、3歳だよ。今日からよろしくね!」

 そんな感じの内容だった。やったぁ! 犬が飼える! もちろん喜びは込み上げていたが、おかん、犬が喋ってる設定で書いてるやん。ほんでスーパーの広告の裏て! 名前もう決まってんのも珍しいなぁ。可愛い見た目で〝鉄〞いうんや。ちょっと銀ちらつくやん。そんなことを思った記憶もある。どうやら父親の仕事関係の人が事情があって飼えなくなった犬を譲り受けたそうだ。だから名前も予め決まっていたのだろう。そうして、川西家に新しい家族として鉄が加わった。鉄はマルチーズなので、今までと違い室内で飼うことになった。でも、やはり前に飼われていた家からの環境の変化になかなか慣れてくれず、至る所でやわらかうんちをした。やわらかうんちをする直前は、お尻を下げて犬特有の少し情けないポーズになる。その度におかんがティッシュを掴んでそこへダイブする。そんな光景がしばらく続いた。やがて、環境にも慣れすっかり家族の一員として生活するようになった。一緒にお出かけもした。家族みんなで大阪城公園へ遊びに行った時、鉄は本当に楽しそうにはしゃいだ。帰りの車で少し開けた窓から顔を出し、風を感じながら「今日はほんまええ一日やったなぁ〜」という表情を浮かべた。

 そんな微笑ましく平穏な日々が5年ほど続いたある日、鉄がいなくなった。いつも鉄がおしっこをしたくなると、勝手口を開けて庭へ出し、用を済ませて満足するとワン!ワン!ワン!と吠えるので、家の中へ入れる。そんなことが当たり前になっていたのだが、その日、庭の門の鍵を閉め忘れていた。鉄はその門の隙間から逃げ出してしまったのだ。すぐに家の周辺を探し回ったが、どこにもいない。次の日、その次の日になっても、鉄は帰ってこなかった。すぐに見つかると思った。その辺にいると思った。鉄だってここに自分の家があることも、僕らが待ってることもわかってるはずだと思った。なのに、帰ってこない。日を追うごとに気持ちが沈んでいった。鉄がいなくなって5日ほど経った頃だろうか、夕方家に一人でいるとおかんから電話が入った。

「今、お姉ちゃんから泣きながら電話がかかってきて、近所の大通り沿いで鉄が轢かれてたって言うねん。あんたごめんやけど行ったって」

 心臓がバクバクいってるのがわかった。泣きそうとか、悲しいとか、そんなんじゃなくて、とにかく心拍数だけが上がっていた。急いで自転車に乗りその場所へ向かうと、号泣している姉を見つけた。姉がうずくまっている所から少し先に、薄く汚れた、元は白だったであろうなにかが見えた。ゆっくりと近づく。大通りなので、車がビュンビュン走っている。その道路脇に、確かにある。自分から近づいているのに、近づくのが怖い。目の前まで来た。タオルだった。ゆっくりと歩いてきた所を戻り、ぐちゃぐちゃになった姉に言った。タオルやん。姉は言った。あ、そう……タオルか。

 数日後、家族で晩御飯を食べていると、勝手口の向こうからワン!ワン!ワン!と吠える声が聞こえた。鉄がいつでも帰ってこられるように、庭の門はあれ以来ずっと鍵をかけずにいた。扉を開けると、そこにはおしっこで少しの間庭に出てただけかな?と思うほど、いつも通り元気な鉄がいた。それからは一度も逃げ出すことなく、最期までうちで一緒に暮らした。あの約1週間、鉄がどこでどう過ごしていたのかは未だにわからない。

和牛の一歩ずつ、一歩ずつ。

<第5回に続く>

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