セルフカット/『運動音痴は卒業しない』郡司りか⑲

小説・エッセイ

公開日:2021/3/15

郡司りか

「いつもどのようにしてエッセイを書いていますか?」と最近聞かれます。
 書き方としては、日常的にメモをしてそれをエッセイになるように整えているのですが、実際お見せしたほうが分かりやすいので、以下、ある一日のメモを公開します。

「そもそも、このコードが2メートルもあるからいけない。iPhoneの充電が30パーを切ったので焦っているのだが、コードの先が見つからない。無駄に2メートル、しかも赤いせいで無限に伸びているように見える。『無駄に』と言ったが、無駄ではない。自宅で使うのにちょうど良い長さなのだ。いつも持ち歩いていたコードが今朝見つからず、これを引っこ抜いてきたのだ。

 そもそも、このバッグがデカイからいけない。私はもともと小さなバッグしか持ち歩いてこなかった。それなのに、この無駄に容量のデカイバッグを気に入ってしまったもんだから、これしか使わなくなった。
 バッグはパンパンに詰めないと気が済まないので、コードの先が見えないくらいマスクを15枚入れてしまっているし、左右にあるポッケもリップクリーム5本とガム4個で窮屈そうである。

 そもそも、今日髪を切ったのがいけない。胸下まであった髪をバッサリ、自分で切ったのだ。右利きの私は、左を切るのはまあまあ簡単だったけれど、右を切るのは比にならないくらい難しかった。たった1ヶ月前に前髪をガタガタにしてしまったので、それで学ぶべきだったのだ。おかげで、今日は美容院にいくことになった。表参道のすっごいお洒落なところ。心細く感じながらも東京を歩くと、『なんだ、日本のど真ん中ってこんなもんか』と思った。

 そもそも、さっき受けたマッサージがいけない。何もかもが良すぎた。
 日頃、肩コリや首の痛みなどに何かと理由を付けてのろのろ仕事をしたり休み休みしていたのだけど、もう言い訳になど使えない。なぜなら本来あるべき場所に体を戻してもらったからだ。びっくりするほど息がしっかり吸える。地球にはこんなに空気があったのか。

 そもそも、昨日の自分がいけない。
 断髪を決めたからだ。30センチ切った自分は今までの自分と決定的に何かが違う。髪型はもちろんだが、それ以上に何かが深く変わってしまった気がする。これからは『髪の長い私は自分らしくないから』なんて言い訳はできない。それほど自分らしくなってしまったと思う。おかげで昨日の自分はいなくなってしまったのだ。」

 意味がわからへん。このメモ書いたのいつや?

 昨日や。

 昨日の自分よ、説明してください。

<第20回に続く>

プロフィール
1992年、大阪府生まれ。高校在学中に神奈川県立横浜立野高校に転校し、「運動音痴のための体育祭を作る」というスローガンを掲げて生徒会長選に立候補し、当選。特別支援学校教諭、メガネ店員を経て、自主映画を企画・上映するNPO法人「ハートオブミラクル」の広報・理事を務める。
写真:三浦奈々