変えられない過去にとらわれず、「今」を大切に生きる。『地下鉄に乗って』/佐藤日向の#砂糖図書館⑬

アニメ

公開日:2021/3/20

声優としてTVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などに出演、さらに映像や舞台でも活躍を繰り広げる佐藤日向さん。お芝居や歌の表現とストイックに向き合う彼女を支えているのは、たくさんの本やマンガから受け取ってきた言葉の力。「佐藤日向の#砂糖図書館」が、新たな本との出会いをお届けします。

佐藤日向

皆さんは普段、どのくらいの頻度で地下鉄を利用するだろうか。

私は移動で基本、地下鉄を利用するため、ほぼ毎日乗車していると言っても過言ではない。

小学生の頃から仕事の現場にひとりで電車で通っていたこともあり、気づけば色々な駅に沢山の思い出が色濃く残っている。

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今回紹介するのは、人によって様々な思い出があるであろう、

メトロに纏わる浅田次郎さんの『地下鉄(メトロ)に乗って』という作品だ。

私がこれまで紹介してきた本はミステリーが中心で、ファンタジーやSFには触れてこなかったが、この作品に終始漂う浪漫と切なさが、私の読書の幅を新たに広げてくれた気がする。

『地下鉄に乗って』は、主人公が地下鉄の駅の階段を上がって辿り着いた場所が30年前で、兄が自殺をした命日にタイムスリップしていたところから、物語が動き出す。

地下鉄が、彼の父が過ごした時代へ導き、現世から過去にタイムスリップした主人公は、父を取り巻く人々や時代の流れをリアルで体験する。

 

兄が自殺を図ったきっかけ、父が家族には見せなかった本当の姿、そしてそこに絡んでくる現世とは異なる時代背景――。

それら全ては、主人公の視点を通して読んでいるはずなのに、描写の端々から感じられる彼の父が生き抜いた時代の生々しさ、その時代の空気がリアルに感じられて、まるで自分がタイムスリップしているかのような感覚になった。

 

物語の中で現在と過去を行き来するたびに、過去ではセピア色に染まった映画のワンシーンのような空気を感じ、現在に戻るタイミングで風景が色づいていくのが、文字を追うだけで感じられる。

 

この作品を読んで、特に私の中で印象的だったのは、文中に出てくる

「人間てえのはふしぎなもので、恨み言はじきに忘れるけど、恩を蒙った相手はどんなに苦しい時でも忘れないもんです。」という言葉だ。

 

この言葉を読んだ時、思わずハッとさせられた。

 

私は昔から、出会った人の名前と顔は忘れないようにしようと心がけていたこともあり、人よりも何かを記憶し続けるのは得意なほうだと思っている。

だが、過去の嫌な記憶というのは、そのとき嫌だった気持ちは残っていても、何がどうして嫌だったのかまでは、明確に覚え続けていなかったりする。

 

その反面、誰かの優しい気持ちに触れたり、誰かからもらった恩は、心に刻まれている。
本当に不思議だが、きっと人間は負の要素に囚われすぎない代わりに、貰った恩を大切にするように出来ているのだと思う。

 

この作品を読み終えたあと、過去を振り返るのも大切だが、変えられない過去よりも自分の行動次第でどんな風にも転じることのできる”今”をこそ、私たちは大切に生きなければならないのではないか、と感じた。

 

そして、駅が見てきた歴史、沢山の人の思い出が染み込んだ空気を、「地下鉄に乗って」体感したいと思った。

 

貴方にも是非、浪漫の詰まった”地下鉄”に乗車して頂きたい。

きっと明日を力強く生きたい、そう感じられるだろう。

 

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。