嫌な予感が的中!? 白い髪の少年が横たわっていて……/わが家は幽世の貸本屋さん④

文芸・カルチャー

更新日:2021/3/30

 現世とは別にある、あやかしがはびこるもう1つの世界「幽世(かくりよ)」。そこに幼い頃に迷い込んでしまった夏織は、幽世で貸本屋を営む変わり者のあやかし・東雲に拾われ、人間の身でありながらあやかし達と暮らしている。そんな夏織は、ある日、行き倒れていた少年・水明と出会う。現世で祓い屋を生業としているという彼の目的は「あやかし捜し」。あやかしに仇なす存在とはいえ、困っている人を放っておけない夏織は、ある事情で力を失ってしまった彼に手を貸すことにするのだが――。切なくも優しい愛情にまつわる物語。

わが家は幽世の貸本屋さん あやかしの娘と祓い屋の少年
『わが家は幽世の貸本屋さん あやかしの娘と祓い屋の少年』(忍丸/マイクロマガジン社)

 メンチカツはトースターで温めてカリカリに仕上げ、残り物のポテトサラダにミニトマトを添える。後は炊きたてご飯にワカメの味噌汁、それにおすそ分けでもらったぬか漬け。東雲さんにはビール瓶を一本。

「うむ。悪くない」

 お給料日にしか買えない和牛のメンチカツは、かなりの大きさだ。たっぷりソースをかけて、辛子と一緒に食べたら美味しいに違いない。

 ワクワクしながら居間に戻ると、東雲さんが誰かと話す声が聞こえた。

 話の内容からすると、どうもお客さんのようだ。

「いらっしゃい」
「……あ。ど、どうも」

 そこにいたのは、小鬼だった。頭の上に小さな角を生やしたその子は、私を見るなり頭を下げた。先述したとおり、我が家は貸本屋だ。現し世と違って娯楽の少ない幽世では、本というものは大変人気がある。幽世のあやかしが、現し世の品物を手に入れるのは何も不可能ではない。けれども、決して流通量は多くなく値段も張る。本も然り――だから、繁華町の端っこにあるこの店も、意外と客は多い。

「ああん?」

 すると、東雲さんが不機嫌そうな声を上げた。どうやら何か問題が起きているらしい。

「金が足りない? これでも随分安くしてるんだが」

「こ……これじゃ、駄目?」困り果てた小鬼が懐から取り出したのは、川原で拾ったのであろう色とりどりの小石だ。

「すまねぇ、綺麗な石っころで本は貸せねえなあ」

 東雲さんの言葉に、小鬼はがっくりと肩を落とした。

 異形の中には、普段は山奥に住み、金銭を必要としない生活を送るものも多い。こういう事態は、我が家ではままあるのだ。

 しょんぼりしてしまった小鬼を見た東雲さんは、ばつが悪そうにばりばりと頭を掻くと、煙管をひと吸いしてから、とある提案をした。

「――しゃあねえなあ。なら、お前の中で一番面白いと思う話を教えろ。そんで、それを俺が本にして売る。どうだ。話すだけで本が借りられるんだ。悪い話じゃあねえだろう」

 すると、小鬼は喜々として「面白い話」を語った。そして、一冊の童話を大事そうに抱きしめると、文字が読める友だちに読んでもらうのだと、軽い足取りで帰っていった。

「……東雲さん。ふんどしが川に流された話……お金になりそう?」
「わからん」

 東雲さんは、手帳に今聞いた話を書きつけながら、うーんと唸った。

 これが、我が家が貧乏な理由だ。先ほどの小鬼のように山奥で暮らすのであれば、幽世では金銭はさほどいらない。けれども繁華町にある我が家ではそうもいかない。何かと入り用になってくる。だというのに東雲さんはいつもこんな調子で、これではちっとも儲からない。お客さん全員からきちんと料金をもらえれば、家族ふたり慎ましく生活するには充分な稼ぎがあるはずなのに、だ。だから、私が現し世で出アルバイト稼ぎをする羽目になっている。

 けれど、本を読みたいと山奥から訪ねてくるあやかしを、料金が足りないからといって追い返すのも忍びない。貸本屋の娘だもの、私だって本は大好きだ。たくさんのあやかしに、本を読んでもらいたい気持ちはある。

 がっくりとふたりで肩を落とす。そして数分ほど落ち込んだ後、のろのろと動き出した。

「……飯、冷めちまったな」
「メンチ、温め直そうか」
「いや、いい。パサパサになっちまいそうだ」
「だね……」

 そして、もそもそと夕食を食べ始めた。

――その時だ。にわかに外が騒がしくなった。

「なんだろう?」

 気の荒いあやかしも多いこの町では、騒動はよくあることだ。また誰かが暴れているのかと、店を通り抜けてひょいと外を覗く。すると、轟ごう、と風鳴りのような音が聞こえて、おびただしい数の幻光蝶がどこかに向かって飛んでいくのが見えた。

「あの蝶が群れるなんて」

 生まれてこの方見たことのない光景に、胸がざわつく。

 東雲さんなら何か知っているかもと、振り返る。けれども質問を投げる前に、彼は下駄を引っ掴んで飛び出して行ってしまった。

「出かけてくる!!」

 ぴょんぴょんと片足で跳び、器用に下駄を履いた東雲さんは、着物を捲って走り出す。

 何がなんやら理解していない私は、慌てて養父の背中に声をかけた。

「え!? 待って! どうしたの!?」
「気にするな。夏織、お前は家で待ってろ!」
「絶対に嫌!」
「うお!?」

 私がすぐさま拒否すると、東雲さんは盛大に足をもつれさせた。

 そして、何歩かたたらを踏むと、勢いよくこちらに振り返った。

「なんでだよ!? 家にいろったら。危険かもしれねぇんだ!」
「別にいいでしょ! にゃあさんも連れてくから、平気!」

 たまたま足もとにいた親友の首根っこを掴む。

「ぎにゃぁ!」と悲鳴が聞こえたけれど、今はそれどころじゃない。

「駄目だ! 言うことを聞け、馬鹿娘!」

「別にいいでしょ、この過保護親父!」

「だーっ! どこで育て方間違ったかなァ!?」

「うるっさい!」

 慌てて靴を履いて店を出る。

 けれど、東雲さんの姿は既に見えなくなってしまっていた。

「……本当に行くの、夏織」
「ごめん、嫌な予感がするの」

 腕の中のにゃあさんが心配そうに見つめてくる。私はそれに構わずに走り出した。

 脳内では、幻光蝶の「特性」がぐるぐると回っている。あの蝶が一番好むもの。群れて集まるほどの何か。それはどう考えたって─。

――そうして、蝶に誘われるようにたどり着いた先。そこは大通りだった。

 東雲さんの姿を捜して、辺りを見回す。その間も蝶は集まり続けて、周囲を埋め尽くさんばかりの勢いだ。こんなんじゃ東雲さんを捜すどころじゃない!

「東雲さん、どこなの!」

 堪らず叫んだその瞬間、ぽつんと水滴が落ちてきた。

 どうやら雨が降ってきたらしい。

 やがて雨粒が増えてくると、雨を嫌った幻光蝶が一匹、まだ一匹と飛び去っていく。

――いた!

 蝶のカーテンの奥に、東雲さんの姿を見つけて、ほっと胸を撫で下ろす。けれども、蝶の数が減っていくに連れ、鮮明に見えてきた光景に、堪らず息を呑んだ。

 幻光蝶が舞う、昏い昏い幽世で。
 養父が雨に濡れて佇んでいる。
 そして、その足もと─。
 そこに、白い髪を持った少年が、血を流してぐったりと横たわっていたのだ。

<第5回につづく>

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