口と態度が悪い“薄幸の美少年”。でも、放っておけない夏織は…/わが家は幽世の貸本屋さん⑤

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/31

 現世とは別にある、あやかしがはびこるもう1つの世界「幽世(かくりよ)」。そこに幼い頃に迷い込んでしまった夏織は、幽世で貸本屋を営む変わり者のあやかし・東雲に拾われ、人間の身でありながらあやかし達と暮らしている。そんな夏織は、ある日、行き倒れていた少年・水明と出会う。現世で祓い屋を生業としているという彼の目的は「あやかし捜し」。あやかしに仇なす存在とはいえ、困っている人を放っておけない夏織は、ある事情で力を失ってしまった彼に手を貸すことにするのだが――。切なくも優しい愛情にまつわる物語。

わが家は幽世の貸本屋さん あやかしの娘と祓い屋の少年
『わが家は幽世の貸本屋さん あやかしの娘と祓い屋の少年』(忍丸/マイクロマガジン社)

第一章 大歩危の爺

 窓の外では、さぁさぁと雨が降り続いている。そもそも常夜である幽世で雨が降ると、星々の光すら失われて、世界が闇に塗りつぶされてしまう。こういう時は、それこそ幻光蝶の明かりに頼るしかない。部屋に置かれたランプには二匹の蝶。それらが放つ幻想的な灯火は、ちろちろと辺りを不規則に照らし出している。

「不味い……」

 そんな中、私は突き返されたお椀を目にして、ヒクヒクと眉を引き攣らせていた。

「俺は、有機農法の最上級米を使って、土鍋でじっくり炊いた粥しか食わない」

 少年はそう言うと、ふいとそっぽを向いてしまった。

「……」

 堪らず、しかめっ面になり黙り込む。

 すると、ちらと横目でこちらを見た少年は、さも不思議そうに言った。

「なんだその顔は。それが怪我人にする態度か?」

「他人の家で、殿様みたいなことを言う人にはふさわしいと思うけど。それに、元気いっぱいじゃない!! 看病なんていらないでしょう!?」

 私は、ちっとも減っていないお粥のお椀をお盆に戻すと、じろりと少年を睨みつけた。

 彼は、白井水明(しらいすいめい)と名乗った。雪のように白い髪に、薄茶色の瞳。あまり外出をしないのだろうか、肌が白いこともあって、少年を形作る色素がやたら薄い。整った容姿も相まって「薄幸の美少年」という言葉がとても似合う。

「看病はいるさ。この傷が見えないのか?」

 その口と態度の悪さのせいで、美少年っぷりが霞んでいるような気もするけれど。

 ……まぁ、何はともあれ、水明が怪我人であることは間違いない。額を切ってしまったらしく、頭部を包帯でぐるぐる巻きにされている。場所が場所だけに、傷は深くないのにも拘わらず結構な出血量だった。そう、少年は怪我人。怪我人なのだ……。

――怪我人には、優しくしてあげること。そうは見えなくても、気持ちが弱っていることがあるからね。

 昔、そう教えてくれた人の顔を思い出して、小さく肩を落とす。

「仕方ないから、面倒は見るけどね。元気になったら、帰りなさいよ。“人間”」

「……なあ」

 すると、水明は私をまっすぐに見つめた。

 少年の薄茶色の眼差しには、私を観察するような趣がある。

「お前も人間だろ? どうして、幽世にいるんだ」

「……あなたに話す必要はないでしょう?」

 私は嘆息すると、自称看病が必要な重傷人に背を向けた。

 そして、台所で洗い物をしながら、彼と出会った時のことを思い出していた。

<第6回につづく>

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