ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【3月編】

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/26

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

栗城史多は何者だったのか? 開高健ノンフィクション賞受賞作を読んで『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野 啓/集英社)

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野 啓/集英社)
『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野 啓/集英社)

 2018年、栗城史多氏はエベレスト登頂を断念し下山中に亡くなった。そのニュースを目にしたとき私の心はざわついた。『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』は、両手の指9本を凍傷で失いながら、“七大陸最高峰単独無酸素”(真意については本書で議論されている)登頂を目指し、エベレスト登頂をネットで生中継するなど登山界の異端児としてメディアで囃し立てられた栗城氏の人物像を関係者への取材により明らかにしていく。熱狂的な支持者もいれば、多くのバッシングも受けた人物・栗城史多とは何者だったのかと。

 本書の中で、複数の証言者から、不自然にきれいな凍傷の境目と、連絡が途絶えた謎の時間から、凍傷も演出なのではないかという仮説が浮かび上がる。「栗城をトリックスターとして造形した主犯は誰か。河野(著者)自身だ」と、森達也氏は帯にコメントを寄せているが、新鋭登山家としての挑戦というより奇行ともいえる数々の行動に彼を走らせてしまったのは周りの人間、私たち観客でもあるのだ。名が知られ求められるほど応えてしまう、社会的承認の実感はエスカレートしていく。最終的に栗城氏は、周囲の声に耳を傾けることなく(何度か「彼をとめることはできない」と栗城氏の性格が記されているが)、自身の実力と向き合うこともなく、エベレスト登頂の超難関ルートを選んでこの世を去ることになる。実像と虚像の整合性が取れなくなっていたと見る人もいる。栗城氏の人間性を読むと純粋に夢を追い続けたのだろうとも思える。自分のためではなく人のためだったかもしれない。社会の凶暴性や人間の危うさを目の当たりにしながら最後まで強く引き込まれた本書。同時に自然界の厳しさも痛感した。

中川

中川 寛子●副編集長。待望の『よつばと!』15巻のラストは込み上げるものがありました。あずまきよひこさんインタビューもどうぞ! MONONO AWAREのライブに、大相撲3月場所初日、よつばと!ミニ原画展……好きをはしごした3月。山といえば、『山とあめ玉と絵具箱』(リトルモア)という、山の匂いがしてきそうな、優しいイラストエッセイもおすすめ。


自我を持つアンドロイドが彼女に恋をした…… 歪な三角関係から人間の本質を描く『恋するアダム』(イアン・マキューアン:著、 村松 潔:翻訳/新潮社)

『恋するアダム』(イアン・マキューアン:著、 村松 潔:翻訳/新潮社)
『恋するアダム』(イアン・マキューアン:著、 村松 潔:翻訳/新潮社)

『鉄腕アトム』をはじめ、アンドロイドと人間の交流を描いた作品は、人間とは何かを考えさせられるものが多いように感じる。そして、人間の欲求を満たすために作られた存在の彼らが、次第にわたしたちの想像を超えた動きをし始め、人間中心の世界を乱していく様子はゾクゾクとそそられる。

『恋するアダム』もまた、複雑な人間の感情や人間の本質が描かれた作品だ。主人公のチャーリーは、母親の遺産で最新型のアンドロイドを購入する。彼のアンドロイド・アダムは、見た目は人間そのもので、どんな問題もすぐに最適解を出すという素晴らしい能力を持っていた。そして、チャーリーはアダムを使って、密かに思いを寄せる上の階に住む女学生と深い関係になる。しかし、ふたりと暮らすうちにアダムは彼女に恋をしたと告げ……。

 この奇妙な三角関係は、アダムがアンドロイドであるがゆえ、人間だけの場合よりもいっそう複雑だ。恋敵が所有者と所有物という関係、そもそも、アンドロイドが対象だと浮気になるのか? そして、自我を持ったアンドロイドがわたしたちの生活に入り込んできたら……。自分で考えて行動する彼らをモノとして扱っていいのだろうか。所有物して考えるのは間違っているのだろうか。嫉妬、高慢、軽蔑、復讐心……わたしたち人間は、時に論理的に考えると矛盾したことを当たり前に感じる時がある。そんなどろりとした心を持ったわたしを楽しませてくれる最高の小説だった。

丸川

丸川 美喜●育児やホラーなどの連載を担当。このアダム、性格が少しスター・ウォーズのC3POに通じるものがあってかわいい。『her 世界でひとつの彼女』『エクス・マキナ』もゾクゾクしたい時におすすめのSF恋愛映画です!


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宇宙世紀で文春砲! 大人の本気に撃ち抜かれた『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』(文藝春秋)

『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』(文藝春秋)
『証言「機動戦士ガンダム」文藝春秋が見た宇宙世紀100年』(文藝春秋)

 もし「機動戦士ガンダム」の世界に『文藝春秋』があったら? というテーマで作られたムック本。イロモノ感満点なのだが、いちファンとして「ガンダムもここまで来たか!」というなんだか嬉しい気持ちで手に取った。作品の舞台である「宇宙世紀」という時代の約100年の間に、文春がスクープしたという設定の記事がまとめられている。なお、作品の主役ともいえる人型ロボット=モビルスーツについての内容はほとんどないので、ほかのアニメムックとは一線を画している。

 政治家の権力争いや軍と企業との黒い関係、女性スキャンダルなどの記事が文春砲の体で書かれていながら世界観を一切壊していないので、想像していた以上に痛快だった。そして記事が時系列で並んでいるため、歴史の流れがとても分かりやすくなっている構成に驚かされた。だからアニメ視聴の前後に本書を読めば複雑なストーリーをより深く理解できるので、宇宙世紀100年の歴史の教科書として大いに役立つと思う。

 いい大人たちが集まって、大マジメに作り上げた本書。内容を楽しめた以上に、読後は自分もこういう仕事がしてみたいと、仕事柄かなり刺激を受ける一冊となった。ちなみに、架空の文春書籍の広告や、架空の解説者であるアキラ・イケナミの「スッキリ解説」という小ネタが載っているのも見どころ。なのだが、いかんせんその量が少ないので、次回があるならこの点のボリュームアップを期待したい!

坂西

坂西 宣輝●地上波やBSでガンダム作品の再放送を視聴するのが最近の楽しみ。サブスクでいつでもどこでも観られる時代にあえて毎週の放送を待っていると、1話1話への集中力が違うことに気が付く。途中でCMが入るのも作品をしっかり楽しむ要素なのかも。


妄想トリップでリフレッシュ。『SAUNTER Magazine Vol.3』(Kilty BOOKS)

『SAUNTER Magazine Vol.3』(Kilty BOOKS)
『SAUNTER Magazine Vol.3』(Kilty BOOKS)

 コロナ禍で日々、なにかと我慢を強いられているこのご時世、どこか旅行でもいきたいと思っている人も多いかと思うが、ご多分に漏れず、私もどこか遠くに行って癒されたいと思っている一人である。そんな話を知人としているときにすすめられたのが、この『SAUNTER Magazine』。世界自然遺産の屋久島にある唯一の出版社であるキルティ社が発行しているとのこと。まだ3冊しか発行されていないようだが、この最新号である、Vol.3は「音楽で繋がる旅」特集ということで、「Yakushima Treasure」という音楽プロジェクトを立ち上げた水曜日のカンパネラのコムアイさんがナビゲーターとして屋久島を紹介している。インタビューで「屋久島は行くたびに表情が変わり、何度行っても発見がある」と語っているように、雄大な大自然はもちろん、様々な屋久島を見せてくれる写真が数多く掲載されている。ぼーっと眺めているだけで、屋久島に行った気分にさせてくれるので、最近では、もっぱらテレワークで連続するオンライン会議の合間の現実逃避に役立っている。

 あと、部屋に飾っておきたいぐらい素敵な表紙は、屋久島の複雑に絡み合った木々の真ん中に鎮座しているコムアイさんと森の精霊にも見える坂本慎太郎さんが描かれたイラストが、浮かび上がっているような感じになっている。

 とりあえず、気兼ねなく自由に旅ができるようになったときのための行き先リストに「屋久島」を追加することにした。

松江

松江孝明●先日、久しぶりに山に登りました。水風呂に入りたいためにサウナに入るように、山頂でカップラーメンを食べたいために登る、ぐらいの軽い気持ちです。


知的好奇心と信ずる心のために、人はどこまで純粋になれるのか『チ。―地球の運動について―』(魚豊/小学館)

『チ。―地球の運動について―』(魚豊/小学館)
『チ。―地球の運動について―』(魚豊/小学館)

「それでも地球は動く」――かつて地動説で異端審問にかけられたガリレオ・ガリレイが裁判で有罪になった際につぶやいたとされる言葉。本当にガリレオがつぶやいたのか真偽のほどは定かではないが、かつて地球が動く「地動説」を唱えることが弾圧されていた歴史は事実だ。

 本作はフィクションではあるが、天動説が絶対の世の中で、天を見つめ星を観察し、世界の真理の一端を垣間見た人々が、地動説という事象に向かって邁進するようすが描かれている。

 天が動いているのではなく、地(地球)が動いているということは、自分の爪の10枚より大切か。生きたまま焼かれるより優先したいことか。外野から見るとうまくやればいいのに! と思ってしまう思いもあるのだが、読んでいるうちに、これは人間という生きものだからこそ獲得し得た本能の戦いだということに気づかされる。

 知りたいという知的好奇心、真理への感動は、人間の根源的な欲求であり純粋さなのだ。火あぶりになろうとも、拷問されようとも、見上げれば回っている天、美しささえ感じさせる精緻な仕組みを無視できず追い求めてしまう。その突き上げられるような、肉体を凌駕し「頭」の中でうずまく衝動や感動を鬼気迫るタッチと台詞で描き、読み手の脳に訴えかけいてもたってもいられなくさせてしまう、そんな漫画だ。

「マンガ大賞2021」の2位に輝いた本作。今後の盛り上がりも期待したい。画面からこぼれてくるように感じさえする星あかりに自分が何を感じるのか、ぜひ体感してほしい。

遠藤

遠藤 摩利江●東京都美術館の『没後70年 吉田博展』に行ってきました。展覧会は解説も展示も圧巻のボリュームで、2時間半ほど居ましたが、一番印象に残ったのは世界を股にかけ日本の大御所にも真っ向勝負する吉田氏の気概とプライドと根性。バイタリティの豊富さを見習いたいと共に、図録は驚きのお得さなのでみなさんぜひ通販を!


転職を「ハッピースタート」にするために『転職の魔王様』(額賀澪:著、おかざき真里:イラスト/PHP研究所)

『転職の魔王様』(額賀澪:著、おかざき真里:イラスト/PHP研究所)
『転職の魔王様』(額賀澪:著、おかざき真里:イラスト/PHP研究所)

 今月は1年でもっとも疲弊した月になった。年度末目前で達成できていない目標への焦り。自分を追い詰めてしまい、精神的に参ってしまった。

 そんな時に、仕事柄逃げ込むのが活字の世界だ。とくに本書は痛快なお仕事小説。仕事で焦っているはずなのに、登場人物が自分と同じように「仕事」に向き合い、「人生」に向き合い、成長するフィクションは、私をおおいに勇気づけてくれた。

 転職の魔王様=来栖嵐は転職エージェント会社のキャリアアドバイザーだ。彼は初対面の求職者に向かって、“転職限界年齢”を必ず伝えるなど、求職者の心をへし折るような物言いをする人物。それでも求職者からも人材を求める企業からも信頼が厚い。

 来栖は常に求職者たちに言う。「そんなこと自分で決めてください」と。アドバイザーなのにアドバイスもしてくれないのか、と思ってしまうが、転職が人生のターニングポイントだからこそ、自分で真剣に悩んで決めて覚悟をもつことが大切なのだ。

 人生に「正解」なんてない。それでも私たちは自分の人生を「正解」だと思いたい。今度こそ「正解」にしよう、と覚悟を決めるまでが、転職を決めることなのかもしれない。

 本書の複数の登場人物たちが迎えるのは、ハッピーエンドならぬ「ハッピースタート」。その先が「正解」かはわからない。けれど皆が覚悟をもってスタートを切る姿に励まされた。私も来年度を「ハッピースタート」させたい、と力強く思った。

宗田

宗田昌子●少女マンガ好きとして川谷康久さんのブックカバーデザインのファンなので、本書の装丁・目次は気分がアガった。ファッション誌の読者コーナーのような目次は必見。オズワルドさんの1年越しの初ルミネ単独ライブも楽しみ!


「日本のバンカー」はすごい。痛快な仕事ぶりを夢中で読ませる『ルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也/中公新書)

『ルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也/中公新書)
『ルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也/中公新書)

 本書の最新版の帯には、「SNSで話題!」「10万部突破!」と記されている。突然アフリカの国家・ルワンダの銀行総裁に任命され、現地で辣腕をふるう様子が「異世界転生モノ」のようだ、と評され、幅広く読者を獲得しているという。冒頭の数ページを読んで、心底納得。至極ストレートに言ってしまうと、この本、ものすごく面白いのだ。

 時は1965年。日本銀行のバンカーであった著者は、アフリカ中央に位置するルワンダの中央銀行総裁に着任する。現在の我々と同じように、当時の著者にとっても、ルワンダがどんな国であるのか、さっぱりわからない。治安的に危険があるのか、家族を同行できるのか、財政状況はどうなっているのか。果たして現地に到着した著者は、ルワンダ経済の実態や職員の働きぶりを目のあたりにして、愕然とする。現地に駐在する欧米人は、口を揃えてルワンダ人は怠け者であると言う――そこには、この上ない「逆境」があった。並の胆力では務まらない仕事であろう。

 著者がルワンダの経済改革を行ったのは、50年以上前のこと。そして2021年現在、多くの読み手は、「理不尽なほどの逆境に立たされたバンカーの逆転劇」を知っている。信念を貫き、誠意と率直さをもって向き合うことで味方を増やし、「人のためになる・誰かを支える仕事」を遂行する。「異世界転生モノ」のようであり、『半沢直樹』のようでもある著者の仕事ぶりは痛快であり、半世紀以上のときを超えて、今読むべき魅力に満ちている。

 

清水

清水 大輔●編集長。もう1冊オススメしたいのが、4月発売の古内一絵さんの新刊、『最高のアフタヌーンティーの作り方』。『マカン・マラン』シリーズのファンである自分にとっては、大満足の内容。桜の季節に、名門ホテルのアフタヌーンティーに行くことを即決しました。