このまま、いまの仕事を続けていいの…? その「もやもや」、科学の力で分析!/働くみんなの必修講義 転職学①

ビジネス

公開日:2021/5/6

働くみんなの必修講義 転職学』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第1回です。日本の人材開発研究の第一人者が12,000人の大規模調査に基づき編み上げた、「一億総転職時代」最高のテキストが誕生! 巷に溢れる「転職本」の問題点とは?「ミドルの転職」の結果を左右するものは? 全日本人必読の一冊です。

働くみんなの必修講義 転職学
『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(中原淳、小林祐児、パーソル総合研究所/KADOKAWA)

はじめに

立教大学経営学部教授 中原 淳

 社会で働いたことのある人ならば、一度くらい経験があるはずです。

 夜、寝つく前にその日の仕事を振り返り、「言葉にならないぼんやりとした不安」を脳裏に思い浮かべることが。

「このまま自分は、いまの会社で仕事を続けていてもよいのだろうか」

「ほかの会社でもっと活躍できるんじゃないか」

 この「ぼんやりとした不安」を前にして、多くの人は気持ちが「もやもや」します。そしてそれ以上、物事を深く考えられなくなります。いつしか眠りに落ちて、また朝を迎える。そうした日々が繰り返されます。

 こうした、なかなか言葉にならない「ぼんやりとした不安」に対して、科学の力で「言葉」を与え、私を含む同時代を生きる人々を「思考停止」から救うために、本書は生まれました。

 本書は、離職、転職、そして新たな組織への定着という「転職にまつわる一連のプロセス」を一気通貫で探究した、とても珍しい本です。「このまま自分は、いまの会社で仕事を続けていてもよいのだろうか」「どのように転職行動を行なえばよいのか」「新たな組織に定着し、活躍するためにはどう行動したらよいのか」という一連の問いに、「科学的」にアプローチすることをめざしました。

 その一連の問いに答えるため、私(中原)とパーソル総合研究所は、一万二〇〇〇人に及ぶ大規模な調査を数度実施し、そこから日本の労働市場にもっともフィットした転職の事実、転職にまつわる原理・原則を明らかにすることにチャレンジしました。そのなかで得られた研究知見を、本書に余すところなく収録しています。

 転職の実態やそれにまつわる一連のプロセス、そこで求められる適切な行動は、「学校では教えてくれない知識」です。しかし、これからの労働市場を生きていくためには、どのような立場の人であっても、その実態を知っておく必要がある、と私たちは考えています。

 そうした思いを込め、本書のタイトルを『働くみんなの必修講義 転職学』と名づけました。転職を志す人はもちろん、これから労働市場に参加する新卒の方々、転職者を迎え入れる企業のリーダーやマネジャー、人事や経営に携わる方、さらには日本人のこれからの働き方に関心があるすべての人に手にとっていただければ、望外の喜びです。

 なお、本書をこれから書き起こすにあたって、私自身の経験を語らぬわけにはいきません。じつは私も近年、転職(大学移籍)を経験しており、それが本書を編むうえでの「強い動機」の一つになっているのです。

 大学に勤める教員である私は、過去に二度の転職を行なっています。最初は二十八歳のとき。当時はまだ若く、転職することにそれほどのたいへんさはありませんでした。もちろんまったく苦労がなかったわけでもありませんが、いま振り返ればこのときの苦労は「甘美な思い出」になっています。

 しかし、二〇一八年に行なった二度目の転職は、それに比べてより苦労しました。当時、私は四十三歳。前職の東京大学を辞し、九人の助教・研究員・事務スタッフたちとともに、研究室ごと立教大学へと移籍しました。

 立教大学は、素晴らしい研究環境・教育環境を私たちに提供してくれました。いま、私は同僚や学生たちにも恵まれ、素晴らしい仕事人生を送ることができています。もちろん、前職も素晴らしい大学ですが、私は「いま・ここ」に対して、立教大学の素晴らしい職場環境に対して、心の底から満足しています。

 とはいえ、その転職プロセスは、私にとって困難を伴うものでした。もっともたいへんであったのは、じつは「自分を変えること」でした。そこで私には強烈な「学び直し」が求められました。「学び直し」の対象は多岐にわたりましたが、ここではそのうちの一つ、「教えること」にまつわる「学び直し」を一つの例として、挙げておきましょう。

 私が前職の大学に在籍していたころに携わっていたのは、大学院教育でした。それまで私は大学院生・社会人学生しか教えたことがありませんでした。しかし、立教大学に移籍したとたん、その環境が変わります。大学院もさることながら、十八〜二十二歳くらいの学部生も教えるようになったのです。同じ「教える」ということだから、そこまで大きな違いはないだろう、と思われる方もいるかもしれません。しかし、「大学院生・社会人に教える」のと「学部生に教える」のとでは、同じ「教える」でも、まったく話が異なります。

 ある程度の知識や経験をもった大学院生のような人に教えるときには、その内容の詳細を「省略」することができます。一方で、そうした知識や社会人経験をもたない学部生に教えるときには、彼らが「何がわかっていないか」に寄り添い、「学問の入り口」にまで連れてくる必要があります。

 当時の私は、そんな基本的なことすらわかっていませんでした。いえ、「人材開発」と「学び」の研究者ですから、頭ではわかっていたはずです。しかし、それを具体的な経験に根ざして、腹の底から理解していたとはいえなかったのかもしれません。

 転職直後の私は、学部生たちが「何がわからない」のかすら把握することができず、自分が講義をしたあとに、彼らが「ポカン」としている様子に動揺すら覚えました。周りには悟られないようにしていましたが、授業をするとき、板書をする右手が震えてしまうこともあったほどです。

 幸い一年間ほどで、右手の震えはなくなりました。その間、彼らがもっている知識やスキルがどのくらいであり、どう話せばどのように受け入れてくれるのかなど、ほんとうに多くのことを学びました。

 そうした困難な転職プロセスのなかで、不完全ながら、私は「自分を変えること」に取り組んでいたのかもしれません。 

 そう、世の中に溢れる転職本の大半は、「もっと自分にマッチングする職業があるはず」という前提のもとに書かれています。しかし、じつはそこにおける「自分」は、固定化されたものではないのです。まさに私が経験したように、転職プロセスにおいては「自分を変えること=学び直し」が必要不可欠です。

 この「学び直し」のことを、本書は「ラーニング思考」や「転職学習」という言い方で呼んでいます。転職とは、環境の変化に対して高いアンテナを張り巡らせ、自分のこれまでを見つめつつ、自分を変えていくこと(学び直していくこと)なのです。

 本書の主張はシンプルです。それは、「もっと自分にマッチングする職業があるはず」あるいは「もっと自分に向いている仕事があるはず」という「マッチング思考」に基づく転職には、限界があるということです。その限界とは何か、ということについても、明らかにしていきたいと思います。

 本書を読んだあとの私たちは、「マッチング思考」を超えて「ラーニング思考」を自分の転職プロセスに採り入れることで、今後の転職プロセスを、豊かで充実したものにできるはずです。

 現在において本書はおそらく、転職時に必要になる「ラーニング思考」が学べる唯一の本です。この「ラーニング思考」の重要性を実体験した一人の人間として、一万二〇〇〇人の大規模調査による濃密な知見を用いることを通じ、本書をみなさんに「お届け」できることを、嬉しく思います。

 あらためて、冒頭で述べた「ぼんやりとした不安」を抱いている方に、いまの私はこう伝えたい。

 

 大丈夫。

 自分を変える勇気をもちさえすれば、

 自分が輝く場所はつくり出すことができる。

 

 さて、みなさん、そろそろ「働くみんなの必修講義 転職学」の履修登録は済みましたか。このあと初回のオリエンテーションが始まりますが、この「転職学」のテキストをもってくることを忘れずに!

 

 オリエンテーションに入る前に一つだけ。本書の著者名は、私とパーソル総合研究所の小林祐児さんとなっています。しかし、じつは本書には隠れた著者がたくさんいらっしゃいます。共同研究をともに遂行してきたパーソルキャリア株式会社の吉村優美子さん、平田沙織さん、藤田悠さん、影山大輔さんも、本書の共著者の一人です。本書は私や小林さんと、吉村さん、平田さん、藤田さん、影山さんとの数十回にわたる議論の先に生まれました。この場を借りて御礼を申し上げるとともに、彼らもまた共著者であることを、ここに刻ませていただきます。

 パーソル総合研究所の渋谷和久さん、フェローの櫻井功さん、パーソルキャリア株式会社の大浦征也さん、勝野大さんにもプロジェクトの立ち上げに際し、多大なご支援をいただきました。KADOKAWAの藤岡岳哉さん、編集協力をいただいた秋山基さんにも、たいへんお世話になりました。さらには、質問紙調査にお答えくださった多くのみなさんにも、深く感謝いたします。

 さまざまなご尽力を糧にしながら、本書の知見が社会の多くの人々に届くことを、心より祈念しています。

 

 転職……この「学びに満ちた世界」へようこそ。

<第2回に続く>

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