3位「自動販売機の男」/ 山中拓也『他がままに生かされて』スピンオフ企画「#他がまま推しエッセイ」

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公開日:2021/5/14

 山中拓也初著書『他がままに生かされて』の刊行を記念した特別短期連載。4月にTwitterで #他がまま推しエッセイ のハッシュタグで読者の好きなエッセイを募集。その中で特に人気の高かったBEST3を特別に全文公開します!

山中拓也
撮影:Viola Kam (V’z Twinkle)

自動販売機の男 (第3章 p.130-133)

 忘れもしない、2015年7月14日。Zepp DiverCity Tokyo で開催したワンマンライブで、僕は歌えなくなった。実は1年くらい前から喉の調子が悪く、ポリープがあるのは分かっていた。だけど、Zepp DiverCity は僕たちが目標としてきた場所。このライブをやり切るまではどうしても止まりたくなかったのだ。もし止まったらファンが離れるかもしれないという恐怖に飲み込まれていたのかもしれない。

 1年間、僕はステロイドを服用しステージに立ち続けた。薬の副作用で顔はパンパンにむくむし、吹き出物はできるし、精神的にも落ちていく。その変化に「生活習慣が悪いから肌が荒れているんだ」と言われたり、「自制できないならヴォーカル代えろよ」という声があるのも知っていた。当時、素直にポリープのことを説明できたら、誤解を受けることもなかっただろう。でも、変に心配させたり悲しませたくないという僕のわがままを押し通したかった。

 

 ライブ当日は朝から喉に違和感があったので、病院へ行って点滴を打ってもらい、本番のためにリハーサルでの声出しも最小限に留めた。しかし、そんな小手先の対処法では抑えられないくらい、僕の喉には負担がかかっていたのだ。

 本番を迎え、2曲を歌い終えたときにはすでに声がかすれていた。

 そうして迎えた6曲目『自動販売機の男』で僕の声はついに消えた。歌えない悔しさと恥ずかしさで僕はステージ上にうずくまることしかできなかった。ステージの裏に下がったときも僕はただただボーッとしていた。まるで悪い夢を見ているようだ。

 もう死んでしまいたい。本気でそう思った。

「(誰か、もう止めてくれ。歌わなくていいって言ってくれ)」

 現実から逃げ出したくて、誰かがそんな言葉をかけてくれるのを僕は待っていた。

 そんな僕の耳元で、柳井さんの声が響く。

「拓也。もう一回0からスタートしよう。今日起きたことは、ファンが0になるかもしれないようなことだけど、この悔しさをバネにしてこれからも頑張ろう。だから、もう一回ステージに立ってこい」

 その言葉が僕の背中を押してくれた。たとえファンがいなくなったとしても、やり直そうと言ってくれる人がいる。ステージ上では僕の帰りを待ち、トークでファンを喜ばせようとしているメンバーがいる。この人たちに背を向けて、歌わないなんて選択ができるわけがなかった。

 ステージに戻るとき、僕は「こんなクソみたいなライブしやがって」と言われることも覚悟していた。せっかく時間とお金をかけて楽しみに来たライブを、こんな状態で長時間止めてしまったのだから、責められたとしても仕方ない。だが、客席には先ほどとほぼ変わらない数のお客さんが僕の帰りを待ってくれていた。僕に浴びせられたのは「戻ってこいよ!」「ちゃんと治せよ!」という温かい声援。僕はなんとも言えない気持ちになった。優しさと、ふがいなさ、恥ずかしさ、感謝の気持ち。すべてが混ざった名前のない感情だ。それまでずっと、ファンとの間に信頼感を築けているのかという不安があったが、客席からの声のおかげで、待っていてくれる人がいるんだと感じることができた。こうして、僕たちは活動休止を決定することになった。

 

 だが、この話には続きがある。僕はあの日から『自動販売機の男』を一度も歌っていない。今でもイントロを聴くだけで鳥肌が立ち、喉が渇いて、呼吸が浅くなる。うずくまった情けない姿が頭に浮かび、逃げたいと思った自分の映像が何度も流れはじめてしまう。この話をするのは、今回が初めて。時間はかかってしまったけど、やっとこの事実を言葉にすることができた。ほんの小さな一歩だが、いつかあの歌をみんなの前で披露するための確実な一歩だと思いたい。

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山中拓也●1991年、奈良県生まれ。ロックバンドTHE ORAL CIGARETTESのヴォーカル&ギターであり、楽曲の作詞作曲を担当。音楽はじめ、人間の本質を表すメッセージ性の強い言葉が多くの若者に支持されている。17年には初の武道館ライブ、18年には全国アリーナツアーを成功におさめ、19年には初主催野外イベント「PARASITE DEJAVU」を開催し、2日で約4万人を動員。20年4月に発売した最新アルバム『SUCK MY WORLD』は週間オリコンチャートで1位を獲得。