「まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍」 【第17回】cakes(ケイクス)でコンテンツのネット購買をとことん考えた

2012/9/7

電子書籍にまつわる疑問・質問を、電子書籍・ITに詳しいまつもとあつし先生がわかりやすく回答!
教えて、まつもと先生!

まつもと :1年半ぶりか・・・。

かべ :まつもとさん、どうしました? 前々回にも増して遠い目をして。

まつもと :今度は真面目に感慨深いんです。タイトルは1度変わりましたが連載の第1回でお話しをうかがった加藤貞顕さんに再びお目にかかるので。

かべ :あ! あれですね、ダイヤモンド社で『もしドラ』『適当日記』の電子版など電子書籍展開についてお聞きした……。

まつもと :ですです。その加藤さんはいま独立されて、株式会社ピースオブケイクを設立、来週の9/11(火)に、定額読み放題サービスのcakes(ケイクス)というサービスをスタートするんです。

かべ :おおー、なんとタイムリーな。早速まいりましょう!

加藤貞顕(かとう・さだあき)
1973年、新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー(現:アスキー・メディアワークス)にて、おもにコンピュータ雑誌の編集を担当。ダイヤモンド社に移籍し、単行本や電子書籍の編集に携わる。おもな担当書籍は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』『スタバではグランデを買え!』『英語耳』など。現時点で最も日本で電子書籍を売っているダイヤモンド社のiPhone/Android用電子書籍リーダーアプリDReader(現:BookPorter)の開発にも携わる。2011年12月にピースオブケイクを設立、代表取締役CEOに就任。

電子版『もしドラ』『適当日記』から見えてきたこと

まつもと :お久しぶりです。1年半前ではありますが、かなり前のことのように感じます。

加藤 :ダイヤモンド社での電子書籍の取り組みや、電子書籍アプリDReaderについてお話しさせていただきましたよね。

まつもと :電子化時代の編集の役割についても得心のいくお話でした。その加藤さんが新サービスをはじめられるということで、今日はじっくりお話しをうかがえればと思います。まずやはり、cakesをはじめようと思ったきっかけを聞かせてください。

加藤 :そうですね、このインタビューでお話ししたこと=ダイヤモンド社でやっていたことがやはり土台にはあります。出版社で最大限できることをやらせてもらえたし、かなり売れました。電子版だけでこの2タイトルはともに17万ダウンロードに達し、『適当日記』のほうは紙の本以上に売れたのです。マーケティング的にもいろんなチャレンジができて、『適当日記』の方はバーゲンプライスを設定するといった取り組みも行いました。

ただ同時に「電子書籍というパッケージってどうなのかな」と感じていたのも事実です。ダイヤモンド社としての取り組みとして、50冊くらい紙の本をデジタルに置き換えて出版するということもやったし、他社さんにもDReaderをOEM提供したりしました。ビジネスとしては一定の成功をしたと思うのですが、やはり「電子書籍というのは出版社にとって紙の代替にはならないだろうな」と感じたのもまた事実です。ビジネス的な面と、クリエイティブの面の両方からですね。

まつもと :なるほど。

加藤 :クリエイティブな面から言えば、紙の本をそのまま電子書籍にすると、長すぎたり重すぎたりすることがあるんですよ。もちろん内容にもよるんですけど。

かべ :(紙の本をめくりながら)ええと、『適当日記』は278ページはあります。でもそうか、文字や行間も大きいですもんね。

加藤 :『もしドラ』『適当日記』は内容的にもライトで電子書籍には向いていたんですよね。でも、ビジネス書のように内容が固く重いものはやっぱり思うように売れないこともある。これはAppStoreで本を売るという市場の問題も大きかったというのもあるんですが。

まつもと :ランキング偏重ということですよね。上位のものしか売れない。

加藤 :AppStoreだと、ゲームなどのアプリと競う感じになってしまうんですよね。これがAmazonのキンドルだとまた違うと思うのですが。キンドルだと小説なんかもスマホに比べればもう少し読みやすいかもしれない。でもいずれにしても、もう少し短く、ライトにしなくちゃいけないとは思います。そうなると制作工程が変わるわけです。デジタルから先に作らなきゃいけない。そして作業工程的にも、その方が自然ですよね。

まつもと :デジタルで少しずつ発表し、それをまとめて本に、ということですよね。書店に陳列する際の事情でこういうパッケージになっているけど……。

加藤 :よく考えると、ぼくらが慣れている本というものも、「紙というデバイス」に適した長さやサイズになってるんですよね。内容はライトだけど、並べたり流通させるためにホントはもっとコンパクトでもよいのに、この厚さ・サイズにせざるを得ないことすらあったりしますよね。そしてまたデジタルのほうは、新しい表現として、動画や音を入れたりと作り方もまったく変わってくる。

かべ :ふむふむ。

加藤 :前回もお話ししたようにマーケティングも変わってくるんですよね。電子の方が売り場が「狭い」。できれば5位以内に入っていたい。つまり、iPhoneの画面でランキングの1画面目に収まっているという意味なんですけど、そのなかにいないと売れない。だからバーゲンを定期的に、しかも他のタイトルと重ならないタイミングで入れたりする。キンドルが始まってもこういった状況は変わらないはずです。旧版の本の売れ行きが新作を上回ることは希でしょうし。

ウェブ、そして定額制に移行する電子書籍。

まつもと :そうですね。作り方から売り方までやはり抜本的に変えなければ電子には対応できないというのはよくわかります。

加藤 :音楽業界と同じようなことが起こっています。2001年、iPodが登場した時に5000億円あった市場がいま2000億円まで縮小している。iTunesやレコチョクなどのデジタル流通は800億円、つまりアルバムからシングルにばら売りになった結果単価が下がったわけで、おそらく電子書籍でも10年、もしかしたら5年以内に同じことが起こるだろうなと。電子書籍端末と言わずともタブレットが普及すれば2兆円の市場が半分の1兆円になる。デジタル版による売上げは多く見ても2000億円くらいになってしまうのではないかと。いまの電子書籍市場から見ればとても大きいけれど、出版業界というこれまでのビジネスが成立するのかどうか。

まつもと :単純に考えると厳しいですよね。

加藤 :いくらキンドルでたくさん売っても、単価が下がる訳ですから。同じ値段で売ろうとしていますが、いずれ下がらざるを得ないはずです。

まつもと :ネットの音楽配信サービスも定額制・聴き放題に移行しつつあります。

加藤 :そうですね。ただ、その前にフォーマットの話をしなければなりません。音楽は確実に需要されるものです。その根拠は、わたしはJASRACの権利料徴収の推移に見ています。むしろこれは2001年よりも少し増えているくらいですから、消費のボリューム自体は上がっているんじゃないかと思っているんですよね。媒体に応じて料率は異なりますから単純比較はできませんが、単価が下がっていますからね。ニコニコ動画やYouTubeなど新たな媒体からも売上げが上がっているのは大きいはずです。つまり、ライブなどもありつつ音楽はWebに移行している。で、僕は本――というかコンテンツと言ってしまってもよいと思うのですが――にも同じことが起こりつつあると捉えているんですよ。

まつもと :「電子」「デジタル」というよりも「Web」へということですね。

加藤 :そうです。まあWebが一番便利じゃないですか。でも一方でWebではコンテンツは無料なんじゃないかという捉え方がありますけど、たぶんそんなことは本来ないはず、と僕は思っています。いまのWebは歴史的に過渡期にあるんだと思うんですよね。たとえば、井上雄彦さんの作品が無料だったらおかしいじゃないですか。

かべ :たしかに。

加藤 :そういった高い価値のある作品、コンテンツがWebに現れてこなかった理由は、やはりきちんとしたマネタイズ、課金の仕組みがなかったことが大きくて、もっといえば紙の本という、優れたビジネスモデルがあったからなんですよね。でも、デバイスの制約もいまタブレットの登場で解決されつつあるし、課金の仕組みも整い、出版社やクリエイターがやる気さえだせば、Web上でコンテンツを展開し、販売できる条件が揃いつつある。昔は「ネットでモノを買うなんてあり得ない」なんていう主張すらあったわけじゃいないですか。

まつもと :いまそんなことを言う人はいないですよね(笑)。

加藤 :いまは僕の両親だってネットでモノを買います。コンテンツは本来モノよりもWebとの相性はさらにいいはずなんですよね。で、定額課金の話に繋がっていく。

かべ :ふむふむ。

加藤 :これも実際電子書籍を作り手・売り手の側から見ていて思ったことなんですが、1つ100円とか300円のアイテムをマーケティングし、販売し、会計処理するというのはあんまり現実的じゃないなと。もちろん1つの形ではありますが、これだけじゃないんじゃないかなと思ったんですね。

まつもと :缶ジュースなどと比べ、バリエーションが豊富な上に1つ1つの流通量はほとんどのタイトルは大きくありませんからね。賞味期限も一般には短いですし。

加藤 :ウォーターサーバーにも似ているかもしれませんね。おいしい水が定額で飲めるのであれば、という感覚。映像でも定額制のHuluに注目が集まっていますし。コンテンツはたくさんの種類の中から選んで消費するものですから。
2年前に知ったのですが、実は中国ではすでに定額制の電子書籍のモデルで成功事例があるんです。月に5元とか10元(日本円で60~120円)払うと、毎月入れ替わる50冊の本棚の中から5冊まで読み放題とか、そういうスタイルです。これだと“あの”中国でもおカネを払ってもらえる。

まつもと :海賊版が横行している中ですごいことですね。100円前後とはいえ人口が多いわけですから。感覚としては宅配レンタルなどにも近いかもしれませんね。

加藤 :そうですね。金額もさることながらおカネをいただけているという事実がすごい。実際には手元の端末――このサービスの場合はいわゆるガラケーですが――にコピーして読むことになりますが、ストリーミングにも近いかもしれない。ユーザーの側からはあまりそこに違いはないのかもしれませんね。読めればいい。