「まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍」 【第17回】cakes(ケイクス)でコンテンツのネット購買をとことん考えた

更新日:2013/8/14

提供から配分までを一気通貫

まつもと :仕組みと狙いはとてもよくわかりました。週単位150円というのは週刊誌に近いかもしれませんね。しかし、音楽や映像の世界でもそうですが、コンテンツの提供側からの定額制への反発というのはないのでしょうか? 単純に参加するクリエイターが増えれば割り算の分母が大きくなって配分が減ってしまうといった懸念にはどう応えますか?

加藤 :現実的な話をすると、最初のうちは僕たちも手が回らないのでものすごくたくさん書き手を増やすということはできません。それに先ほどお話ししたように、読まれた量に応じてお金が配分されるので、たとえコンテンツが増えても大きな問題は起こらないはずなんですね。最終的には、「バランスをみながら増やしていく」というのが答えにはなってしまうのですが。また、将来的にはcakesへのクリエイターの参加をオープンにしていこうとも考えています。CMS(コンテンツマネジメントシステム)の画面もこんな風に使いやすい形で用意しています。

かべ :ブログ感覚で更新できそうですね。

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加藤 :さらにですね……

この画面でチームの役割分担に応じて収益配分の比率も設定できるようになっています。例えば著者、編集者、カメラマンをここに登録して、配分率を決めておけばあとは自動的に支払いが行われるという訳です。

まつもと :この招待状というのは?

加藤 :プロジェクトにこういう条件で参加してください、という招待メールが送られるのですが、そこに今お話ししたような条件が記載されているんですね。

まつもと :そこで承諾すると契約に合意したことにもなるわけだ。へー!

加藤 :もちろん著者1人が100%分配を受けるようにして、あとから個別に分けて支払っていただいてもいいのですが、それって面倒じゃないですか。メンバーにある程度Webのリテラシーがあることが前提にはなりますが、PVに応じた収益のその先のメンバー間での配分まで自動的に行われるわけです。年末調整のための画面も、年末までに用意する予定です。

まつもと :うーむ、これは便利です。

加藤 :これも電子書籍を手がけたときの経験からなんですが、Appleからの支払いデータを、CSVでExcelに落として、経理の人に渡して計算して……ってやると、この手間と人手だけで赤字になっちゃいますからね(笑)。ぜったい全自動にしないとダメだと思ったからこの仕組みを用意しました。

まつもと :1つのプラットフォームでコンテンツの発行から課金決済、分配まで完結しているわけですね。

加藤 :いまは私たちとの打ち合わせを経てご参加いただいていますが、フリーの編集者や著者の方に、いずれ自由にケイクスに参加してどんどん連載を始めてもらいたいと考えています。

まつもと :たしかに随分手間は省けることになりそうです。

加藤 :先ほどお話ししたように雑誌のWebサイトなどもまるまるケイクスで展開していただければ、と思いますね。記事単位で読者の好みでソートされて関連記事がより読まれやすく、しかもマネタイズから配分までもが合理的に行えるようになっていますから。
とはいえ、雑誌のようなメディアの場合、1つにまとまっている=バンドルされていることの良さ、があるというのも理解しています。そこで、このボタンを押すとですね……。

かべ :お、複数の記事がまとまって表示されましたね。

まつもと :これは記事のカテゴリではなくて、メディア単位で、ということなんですね。

加藤 :すべてのコンテンツはタグで管理できるようになっていますので、メディアごとのソートをはじめ、著者やカテゴリなどいろいろな形でソートできるようになっています。

まつもと :動画や音楽の世界でも、コンテンツプラットフォームに参加する際も、自社のブランド感を維持したいというプレイヤーは少なくありませんから、この仕組みは有効ですね。

加藤 :Webだからと言ってすべてがアンバンドルされていい、という訳ではないと思うんですよね。同時にバンドルされたものの良さを実現したいなと思ってこういう形になりました。

まつもと :なるほど……、いろんな媒体で発表したコンテンツをcakesで再販する際にも、「まつもとあつし」の名前で1つにバンドルすることもできるという訳ですね。ふむ……。

かべ :まつもとさん、顔が商売モードになってますよ(笑)。

加藤 :という具合に、いろいろな仕組みを用意していますが、紙の本や雑誌と対立するものではなくて、1つの出口が増えた、という風に捉えていただければと思いますね。

電子出版におけるcakesの位置づけとは?

まつもと :ここのところ、ドワンゴがブロマガ(生放送とメルマガを掛け合わせた有料サービス)をはじめるなど、有料メルマガに再び光が当たっていますが、cakesがそれと競合する、ということはないのでしょうか?

加藤 :有料メルマガは、いわば最小単位の個人メディアで、ファンクラブ的な要素も持っていると思います。そこでのマネタイズを最初に成功させた堀江(貴文)さんはやっぱりすごかったなと思うのですが、今後も有力なメディアだと思います。ただ一方で、例えばPerfumeが好きな人が全員ファンクラブに入るか、と言えばそうではないわけです。

まつもと :cakesで幅広いコンテンツの中から特定のクリエイターを知り、そのファンになって有料メルマガを別途購読する、というパターンもある……?

加藤 :それはありますね。読者の財布とか時間という意味では競合するかもしれませんが、直接ぶつかるものではないですね。

まつもと :書き手のラインナップもメルマガで一定の人気を保っているのは、いわばネットにおけるアイドル的な存在ですね。

加藤 :そうかもですね。おそらく個別の著者で有料メルマガのようなメディアを持って成立できるのは、日本でも100人くらいしかいないんじゃないでしょうか。cakesではもう少しコンテンツ寄りと言いますか、編集的に関与することによって著者と一緒に読まれるコンテンツが生まれる場を作っていきたいと思っています。たとえば津田(大介)さんとも最初は有料メルマガの転載をという話しではなく、一緒にコンテンツの内容を考えて、cakesに連載していただき、それをまとめてあとからどこかの出版社で本にしようという話をしています。

まつもと :なるほど。もう少し俯瞰して電子出版全体においてcakesの位置づけというのはどうなっていくのでしょうか?

加藤 :先ほどお話ししたように電子書籍市場は拡大していきます。単価が下がりつつも紙の本と電子書籍は併存していく。その中間には文庫や新書が「本が安くコンパクトになる」過程の表れとして支持されていると捉えています。そしてデジタルコンテンツ全体についてはこの図で説明しましょう。

縦軸がコンテンツの価格、横軸がコンテンツのボリューム感(大きさ)です。書籍や雑誌が真ん中に位置づけられていて、価格が500~1000円前後、ページ数が140から500くらいですね。ここにいま2兆円の市場がある。

まつもと :大学がコンテンツビジネスに位置づけられているんですね。おもしろい。

加藤 :まさに高度で高級なコンテンツビジネスですよ。一方Webコンテンツはライトなものから重たいものまで価格はずっとゼロのところにはりついていた訳です。そこに有料メルマガが現れて、価格は低いものが中心ですが、なかには投資指南もののように高価なものもあったりする。つまり、値付けとそこで提供する分量にバラエティが生じて、提供側の自由度も上がってきた。cakesはまずはこの左下のエリアに市場を作ろうとしていると捉えています。電子書籍は基本的にこの真ん中のエリアですよね。

まつもと :右上はないんですか?

加藤 :リッチコンテンツとしてその方向もあるとは思いますよ。その先に大学が控えているように、教育コンテンツ的なものが中心になっていくと思います。元マイクロソフト社長の成毛眞さんと電子書籍のお話しをしたときに、「10万円の電子書籍を売ったらいいと思うんだよね。例えば京都の高級料亭の動画付き5カ国語レシピとか」とおっしゃっていたのが印象的です。その値付けなら世界で1000部売れれば十分ですから。

まつもと :専門家向けですよね。でも世界の料理人は買うでしょうね。cakes自体の今後の目標、マイルストーンがあれば教えてください。

加藤 :とりあえず年内には1万人の会員を目指し、次に10万人を目指したいと思います。コンテンツも個人クリエイターに加え、今日お話ししたような既存のメディアからのアグリゲーションも進めていますので期待していただければと。

かべ :楽しみにしています!

まつもと :前回のインタビューもあわせて大変興味深いお話しでした。ありがとうございました。

⇒cakesのサイトはこちらから

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■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

イラスト=みずたまりこ

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