忘れられないチョイノリ(チョイノリ)/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』⑳

小説・エッセイ

公開日:2021/8/27

オズワルド伊藤
撮影=島本絵梨佳

夏だ夏だなんて言ってますが、今現在というかここ何年かはプライベートで夏を満喫出来た記憶がまるでない。

芸人になったあたしにとって、夏といえば賞レースの時期であり、仮にみんなで海なんか行けちゃったりしたとしても、こんなことやってる場合なのかという罪悪感が頭から消えることはない。故にフルパワーで夏を楽しむことなど現状不可能なのである。まあまあ、その代わりに生まれる「生きてる実感」は半端ではないのだけれども。

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それにしたって、夏をフルパワーで楽しめたのなんてもう何年前だろうか。
遡れば遡る程に楽しかった記憶が蘇る。
特に、初めてを経験出来た夏はたまらなく楽しかった。初体験×夏が1番冒険感を増幅させる。

中でも僕の記憶に鮮明に残る忘れられない夏は、高校1年生。初めて原付を手にしたあの夏である。

当時僕らは原付を買う為に躍起になっていた。
小中から一緒の仲間達と更なる冒険へと繰り出す為に。

この原付というのがみそ。単車はダメ。まじ免許とるの大変だから。あと高いし。
どれだけ楽して金かけないでグダグダと日常を満喫出来るかが全てだった僕らの生活に、労力なんて要素は入る隙間があるはずもなかった。

なんやかんやで仲間達はそれぞれのマシーンを手に入れることとなる。
そうなったらもう無敵。本当にどこまでもいける気がしてたし、本当にどこまでもいってた。
とにかく夢中で原付に乗りまくっていた僕らは、ある日海沿いの国道をみんなでツーリングしようという話になった。

これが事件の始まりであった。

みんなといっても我々は暴走族でも不良少年でもなんでもなかったので、特に仲のよかった「だいき」と「りょうすけ」と僕の3人で行くことが決まった。

ツーリング当日。ピーカン。最高の天気。
僕らはスタート地点となるだいきの家に集まった。

りょうすけはjogという原付を少し改造した「ファルコン」(jog)、僕はマグナ50という原付の免許でも運転出来るアメリカンの「ヤックル」(マグナ)。

2人は早めにだいきの家に着き、だいきが家から出てくるのを今か今かと待ち続けた。

そして10分くらい経った頃、先日普通の単車と変わらない見た目にもかかわらず原付の免許でも運転出来るN-1というレーシングバイクみたいな「疾風」(N-1)を買ったばかりのだいきが、家のドアから少しだけ顔を出して言った。

「疾風(N-1)が動かない」

1週間前に買った疾風(N-1)が原因不明の故障。壊れるスピードも疾風だな、なんて誰も言えないくらいだいきの顔は青ざめていた。

なんにせよツーリングは中止かと肩を落としていたところ、だいきは

「もう1台だけある」

と言い残し駐車場へと消えていった。

だいきの家はかなり裕福で、確かにもう1台原付があっても別に驚きはしなかったのだが、5分後にだいきが連れてきたヤツを見て、僕らは目を瞑り首を横に振った。

だいきが連れてきたそいつの名は「チョイノリ」(チョイノリ)であった。

チョイノリとは、当時流行ったざっくり言うと人間が本気でダッシュした時よりちょい速いくらいの原付界の小型犬である。

海沿いをかっ飛ばすにはあまりにも小さく遅く頼りないヤツだった。
が、だいきの覚悟は相当なもので、あいつの目を見たらチョイノリは話にならないとはとてもじゃないが言えやしなかった。

結局ファルコン、ヤックル、チョイノリの3台で我々は幕張の海沿いへカチコミに行った。

最初のうちはチョイノリをまいているのでは? というような走りを見せた我々だが、徐々にチョイノリのスピードに合わせて走る優しさが芽生え、行き道もあっという間で帰り道に差し掛かった。

事件は帰り道で起きた。

行き道はあんなに空いていたのに帰り道が激混みしていた。
なんの渋滞かはさっぱりだったが、我々は原付の利を最大限に活かし車の脇道をスルスルと抜けていく。
そして渋滞を抜けきった時、我々はその原因を知ることとなる。
バキバキ千葉県産の暴走族がハイパー煽り運転で渋滞の先頭を走っていたのである。脇道を抜けきった我々はそこに合流したのである。全員単車である。

終わったと思った。めちゃくちゃ邪魔だもん原付。
ところが、全員まとめてふくろにされると思っていた矢先、恐らく特攻隊長みたいな方が僕らの元へ近づいてこう言った。

「兄ちゃんたち! ここは危ねえぞ! 俺が先頭でスピード緩めといてやるからその隙に抜けちまいな!」

ありがとうございます以外なかった。
僕らは雑魚丸出しのぺこりをお見舞いした後、アクセル全開でその集団を抜けさせて頂いた。

「いやあまじ怖かったな」
「うん、終わったと思った」
「とりあえず先行かしてくれたしもっと前行くか」
「そうだな、急いで離れよう」

一言二言交わしアクセル全開続行で逃げ切ろうとした僕とりょうすけは、少し黙ったあと当然の事実に気づく。

だいきがいない

火を見るより明らかとはこのことかという程に、もちろんだいきは僕らに追いつけるわけがなかった。
大分引き離してしまった。
僕とりょうすけは恐る恐る後方をチラリと確認した。

100メートルくらい後ろに見えた景色は、暴走族のど真ん中にチョイノリで彼らを率いてるとしか思えないだいきであった。

僕らは全力でブレーキを握り、もう1度暴走族に合流し、なんで戻ってきたという空気をかき消すくらいデカい声ですいませんすいませんと頭(こうべ)を垂れてだいきを引き取り、細い(ほそぉい)小道へと逃げていったのである。

たかだか原付のツーリングであったが、当時の僕らにとっては大冒険であり、結果的には今もなおいい思い出である。

人に迷惑さえかからなければなにが起きてもいい、本気で遊べる熱い夏をいつかまた過ごしてみたいものである。

一旦辞めさせて頂きます。

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オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。


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