【上白石萌音 初エッセイ集を試し読み!】歌う/上白石萌音『いろいろ』①

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/27

上白石萌音さんの初エッセイ集『いろいろ』。「本が好き」という上白石さんによる、ありのままの思いがつづられた書き下ろしの50篇におよぶエッセイ。今回は、本書から「歌う」をご紹介。さらに、連載最後ではダ・ヴィンチニュースのためだけに上白石さんが書き下ろしたエッセイも特別掲載! 俳優・歌手・ナレーター、そして文筆業と、活動の幅を広げる彼女の「今」は必見です。

いろいろ
『いろいろ』(上白石萌音/NHK出版)

上白石萌音『いろいろ』
©山本あゆみ

歌う

 わたしにとって、歌は二種類ある。仕事で歌う歌と、それ以外の歌。レコーディングで一日中歌ったあと、家に帰っても数時間歌い続けることがよくある。「まだ歌い足らんのか」と家族にはびっくりされるけれど、それとこれとは別なのだ。

 歌を歌い始めたのは二歳になる前だった。初めて音とリズムを正確にとったのは、『いないいないばあっ!』を見ていた時。テーマソングの「ばあっ!」のところを完璧に歌ったそうだ。「もしかしたらこの子は天才なのかもしれないと思ってた、あの頃は」、そう笑う母は元音楽教師。わたしの最初の歌の先生だ。

 物心ついた時から生活の一部だった歌が、やがて仕事になった。「好き」が仕事になるというのは生半可なことではない。嬉しさも、苦しさも、好きであればあるほど大きくなる。

「歌手」という肩書によって、歌うことに責任感が生まれた。ただ楽しく歌えばいいというわけにはいかなくなった。歌手デビューした当時は、間違えちゃいけない、上手く歌わなきゃというプレッシャーに押しつぶされて、歌うことが怖くなってしまうこともあった。そんな感情に支配されることこそ少なくなってきたけれど、今でも根底には同じ怖さが潜んでいる。

 それでも「歌」への純粋な愛は変わっていない。家のなかでは本当に絶えず歌っている。特にお風呂場はライブ会場だと思っている。だから物件探しの必須条件は「楽器可」であることだし、将来の同居人にも「わたしはずっと歌っているけど大丈夫でしょうか」と前もって確認する必要がある。歌っていない時は身体か心が不調な時なので、歌が健康のバロメーターにもなっている。

 家で歌っているのと同じようにステージの上でも歌いたいと思う。わたしのなかにある二種類の歌を重ね合わせたい。声を出す前のブレスではいつもワクワクしていたい。そのためにはもっとトレーニングが必要だし、強い精神力も身につけなくてはいけない。好きじゃないと続けられない。好きだからこそ続けられる。

 歌を歌う時は、いつもよりたくさん空気を吸う。いつもより口を大きく開けて、心も大きく開け放つ。たっぷりの息に思いを乗せて声を出す。肺がぺしゃんこになるまで息を吐き切ったら、また大きく息を吸う。この繰り返しが音楽になる。難しくても怖くても歌うことをやめられないのは、弱冠二歳にして知ってしまったこの楽しさが、染みついているからだろう。

「萌音」という名前に込められた「音楽を好きになってほしい」という両親の願いは、しっかりと叶った。何があってもこの名前が変わることはないので、わたしはきっと何があっても音楽から離れられない。

<第2回に続く>

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