ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【9月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/20

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

築45年、家賃5万の団地で起こる優しさの連鎖『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ/秋田書店)

『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ/秋田書店)
『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ/秋田書店)

 読む処方箋というのは、こういう作品をいうのだろう。読後、静かな心地よい余韻に包まれた。『しあわせは食べて寝て待て』(水凪トリ/秋田書店)の主人公は、日常生活は送れるけれど、一生付き合っていかなければならない体の不調からフルタイムの仕事を辞めて週4回、デザイン会社で働く麦巻さとこ。かかりつけ医からは、心配してくれているのかと思いきや「婚活でもして…」と100%余計な一言を放たれる。気持ちはガタ落ち、収入減は否めないので引越しを…と不動産屋に薦められた築45年、家賃5万の団地の内見で「大家の鈴さん(92)」に出会う。その物件に決めればもれなく隣はお年を召された大家さん。別の物件にしようかな……なんて思った矢先にさとこが風邪気味だと知った鈴さんは、「喉の炎症にいいから、頭痛いのも治るわ」と輪切りにした大根を持ってきてくれるのだった。そこからさとこと鈴さん、鈴さんの同居人で “料理番”の司との温かい関係が始まる。職場の人たちとの交流も時々挟まれ話が進むのだが、とてもいい距離感で、他者理解のある人たちが描かれ読んでいて安心する。後半に進むにつれて、「薬膳」も大きなテーマとして浮かびあがり、ちょっと身体にいい事を知って得した気分にもなる。さとこと司の関係も読みどころのひとつかもしれない。

 赤の他人の些細な一言に救われることもあるし、いつかのあの人に言われた言葉がずっと心に住み続け御守りのようになっていることもある。そんな優しさに生かされているんだな、とこの作品を読んであらためて思った。

中川

中川寛子/副編集長。イラストレーターshimizuさんが描く学研さんの絵本『よくみると…』の帯にコメントさせていただきました! ウォーリーを探せ! の気分でじーと見つめた先に癒しがある素敵な絵本です。


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展開の速度に驚きを隠せない新鮮なエンタメ小説『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる/新潮社)

『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる/新潮社)
『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる/新潮社)

 黄色と黒の目立つ表紙と、オビに大きく書かれた「大どんでん返し」に惹かれて手に取った。物語は、偶然SNSで元恋人を見つけた男性と、その元恋人の女性とのメールのやり取りだけで進む。およそ30年振りの再会(?)ということで、はじめのうちは2人が愛し合っていた大学時代の演劇部の思い出話が中心。私も大学時代にほんのちょっぴりだが演劇をかじっていたので、どこか懐かしく、甘酸っぱい気分になった。これも本書を手に取った理由でもある。しかしメールのやり取り(物語)が進むにつれて急速に不穏な方向に話が進んでいく。

 2人は婚約したのに、式の当日会場に現れず姿を消してしまった女性。そしてそのせいで人生が狂ってしまったという男性。30年前当時に分からなかった事実が次々と明らかになっていく急展開っぷりに、最初に持った印象が文字通り音を立てて崩れていった。そして迎える結末は私にとって決して気持ちのいいものではなかったが、書簡体で、推理小説やミステリ小説のような要素が盛り込まれているので、他ではなかなか味わうことのない新鮮な読書体験になった。最初は壺の絵だと思っていたのに、ちょっとしたはずみで向き合った人の横顔に見える、まさに「ルビンの壺」と付けたタイトルに納得。そして、結末を知った後に再度読むと全く違った目線で楽しめるので、この作品は2度読みで本領を発揮するのではないかと思う。新しいジャンルのエンターテインメント小説だった。

坂西

坂西 宣輝●最近、ガンプラ(ガンダムのプラモデル)が品薄すぎて、30~40年ほど前に起こったブームを思い出しました。おうち時間が増えたことやもろもろの影響がありながらも、純粋に人気を継続し続けているのはすごいことだなと思った今日この頃です。


サウナ文化の懐の広さと優しさを知り、ととのう――『マンガ サ道 ~マンガで読むサウナ道~』(タナカカツキ/講談社)

『マンガ サ道 ~マンガで読むサウナ道~』(タナカカツキ/講談社)
『マンガ サ道 ~マンガで読むサウナ道~』(タナカカツキ/講談社)

 僕のサウナの原体験は10年ほど前に遡る。若さに任せて映像制作会社のADとして昼夜問わず働いていた。本当にひどい会社で、心身共にぼろぼろになりながら働いていた覚えがある(苦笑)。その頃、通っていたのが笹塚のマルシンスパ。家に帰る暇もなく、会社の床で仮眠をとる日々のなか、深夜4時にとぼとぼと歩いてマルシンスパに行くのが自分を保つ唯一の救いだった時期があった。どんなに疲れていても、サウナに蒸されて、水風呂でクールダウンすると、どういうわけか疲れがスッキリ取れたような気がして「自分はまだやれる」と思えるのだった。その時はまだ「ととのう」という用語を知らなかった――。

 本書は「サウナと人生」が詰まったマンガである。サウナ室のセッティング、水風呂の温度に始まり、その店ごとの工夫やこだわりがあり、ふたつとして同じものが存在しないのがサウナの魅力。そして、サウナを訪れる者にもそれぞれの人生があり、求めるものも人それぞれ違うからこそ、そこにドラマが生まれる。それをこんなに親しみやすくコンテンツ化させたタナカカツキ先生はあらためて凄いと思う。このマンガでいろいろなサウナとの向き合い方を知り、自分がサウナに求めるものは何なのかを考える。それはもはや自分自身と向き合う行為である。つまり「読むサウナ」というわけだ。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。僕の考えるベストサウナ→テレビ無しで薄暗いサウナ室。温度は90度くらい。冷ためとぬるめの2種類の水風呂。外気浴スポットあり。これで混んでいなければ、もう言うことはありません。