SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第4回「お嫁においで」

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公開日:2021/10/27

 お嫁さんにするならどんな人がいい? なんて質問をされることがある。どんな人でも構いませんよ、と答えたいところではあるがそういうわけにもいかない。博愛主義ではないので好きのレベルはそれぞれに違い、そのレベルに合わせて相手にお渡しする好きを変えている。まア、たいして変わったところのない価値観ということだ。

 質問に対して、しばらくは「情に厚い人」と答えてきた。これは紛うことなき本心であり、兎にも角にもこれがないとそういった話にすらならない。見た目云々は置いといて(絶対置いとけないのだが)これがない人に対して興味すら湧かない。どれだけ容姿端麗であっても薄情な人を見るとゾッとしてしまうのが私だ。

 ただこの見解に対して、情に厚い人ってどういう人? と質問を重ねられることが多い。抽象的なそれっぽい返答をした報いではあるのだが、毎度簡潔に言い表すことが難しくてやきもきしてしまう。「例えば」と始め、その後一つシチュエーションをあげて順立てて説明するという、高カロリーの返答に反比例して、相手はそこまでの返答は求めていなかったというカタストロフィに往々にして陥りがちである。

 どうにか回避したいと日々頭を抱えていたが先日、近所の蕎麦屋で「これかも」と思うにあたる出来事に遭遇した。

 

 私が座ったのは横に長いテーブル席。中央を衝立で仕切られたこの席は、両側にお客さんが腰掛けられるような仕様になっていた。大きな銀行の記入台を想像していただけるとわかりやすいかと。

 席について早々に、注文した蕎麦が出来上がる。割り箸をパキッと勢いよく割ると、私は蕎麦に手を合わせ、江戸の風を吹かしながら勢いよく啜った。あっという間に平らげ、お冷の入ったピッチャーに手を伸ばそうと身を乗り出したところで目の前の席に女性のお客さんが座っていることに気が付いた。そして彼女も今まさに手を伸ばしたところであった。

 客同士向き合う形で座るため、こっち側と、あっち側、衝立下部に設けられている隙間の真ん中に、お冷は共有できるように置かれている。なので私と彼女の手を伸ばした先にあるピッチャーは同じものだ。

 幸いにも私は手を伸ばそうと身を乗り出しただけで、まだ手を伸ばすモーションには入っていなかった。なので、「あ、どうぞどうぞ」的な展開は回避することが出来た。別段急いでいるわけでもない。彼女が自分の水を注ぎ終えたら、一呼吸おいて自分も、そんな風に思っていた。

 ここで私はあることに気が付いた。至極当たり前のことではあるが目の前のピッチャーには持ち手が付いている。もちろん片側に一つ。そして持ち手はその時、あっち側を向いていたのだ。

 難儀だ、と思った。彼女の気遣いによっては持ち手をわざわざこっち側に向けてくれる可能性もあるが、往々にしてそのような優しさを兼ね備えている人は多くはない。なので彼女がお冷を注ぎ終えたら、まずは中腰になってあっち側まで手を伸ばし、持ち手を掴みにいかなければならない。人を計るような真似は趣味ではないが、この後彼女はどう動くのだろう、と私は静かにことの顛末を見守った。

 女性は自分のグラスに水を注ぎ、やがてピッチャーを戻しにかかった。

 さて、どうする。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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