硬すぎる肩/小林私「私事ですが、」

エンタメ

公開日:2021/11/13

美大在学中から音楽活動をスタートし、2020年にはEPリリース&ワンマンライブを開催するなど、活動の場を一気に広げたシンガーソングライター・小林私さん。音源やYouTubeで配信している弾き語りもぜひ聴いてほしいけど、「小林私の言葉」にぜひ触れてほしい……! というわけで、本のこと、アートのこと、そして彼自身の日常まで、小林私が「私事」をつづります。

小林私

初めまして、小林私です。
現在はミュージシャンの傍らコラム執筆にヒィヒィ言っています。

特にプロミュージシャンを目指すわけでもなく、普通に就職しようと考えていたのにこの有様です。
仕事といえば、学生時代は色々な仕事をしてみたくて約一年周期でアルバイトを変えていました。パチンコスロット店のスタッフとして働いていた時はホワイト企業すぎる上にとんでもなく稼いでしまったので「ここにいたら俺はダメになるのでは」と怖くなり9、ヶ月で辞めました。あと警備とアパレルは二度とやりません。二度と。

そんな中で、セラピストをやっていたことがあります。名前は伏せますが、多分一番有名なチェーン店です。
もちろん経験もないので、働く際にみっちり研修期間を経て、ようやく店に出られます。

店に出てから約半年くらいのこと、比較的仕事に慣れ始め、大概の業務はスムーズにこなせるようになった頃です。
施術をする為には事前にお客さんからご指名頂くか、特に指名のないお客さんにセラピストが順番に当たっていく方式がとられていました。自分はまだ新人なこともあり、基本的にはフリーのお客さんに当たっていました。

 

ある日のフリーのお客さんの話です。まず始めにどこが疲れているか、普段の生活スタイル等を尋ねます。例えばデスクワークのお客さんの肩と腰が疲れている場合、指先からの連鎖的な疲れの意識や眼精疲労、また座りっぱなしによる下半身のむくみを意識します。
今回のお客さんもデスクワークによる疲れだそうで、特に肩が疲れていると話されました。
「肩が特に酷くて」と言われたので、原因が他にあろうとまず肩を意識して施術します。肩と言ったのに…と思われてしまうとリラックス出来ませんからね。

施術開始数秒後、違和感を覚えました。
はじめから強く施術するとお客さんの身体は勿論、セラピストの指にも負担がかかります。だんだんギアを調節していくイメージで、心地の良い力加減を探っていくのですが、

 

岩?

 

おかしい。最初に覚えた違和感は指先に込めた力と共にどんどん大きくなっていきます。硬すぎないか?

 

「すみませんね、どこ行っても肩の疲れが酷いですねと言われるんです笑」

 

いやいや、そういうレベルじゃない。指が全く入っていかない。
指による施術は指だけの力でなく全身の力を使って行います。なので指の力が弱いとか、そういう話ではないんです。
MAXを10、普段使う力加減が1~4として、よっぽど痛覚を感じにくくなっている中年男性相手ですら5~7くらいの力で十分です。しかも私の親指はセラピスト向きと言われる”反り指”で、これは施術者とお客さん両方に負担がかかりにくい形です。おいおい

 

鉄板でも入ってんのか?

 

しかし筋肉特有の反発はあります。これが、疲労だけで到達する硬さなのか?
中国武術には全身を鉄のように硬くする技があると聞きます。そうであるならよく練られた功夫です。
俺はこのお客さんを装ったラーメンマンに太刀打ち出来るのか…?

そうだ!この肩のあまりの硬さに気を取られて忘れていたがこのお客さんはデスクワーク。
全身の筋肉は筋膜で覆われている、どこか一箇所ほぐしてもダメなんだ。普段から意識している簡単なことすら忘れさせるレベルの硬さに慄きつつも指先から腕、背中、腰を施術する。
他の部分も比較的疲れている様子だが肩ほどではない、非常に現実的な硬さだ。というかあの肩はファンタジーの領域だ。

よし、これである程度肩もほぐれただろう。

 

…地球?

 

だんだん自分が人体を触っているのか布が置かれた地面を触っているのか分からなくなってきました。
意味が分からない。よっぽど疲れ切った顔したサラリーマンでもこうはならない。
普段どういうデスクワークしてるんだ。常に夏休み直前の怠惰な小学生のランドセルでも背負っているのか?

 

「もうね、痛みも感じないんですよ」

 

そりゃそうだろ!!!急に怖いことを言うな、そんで疲労の先に行くな。
人間は自然の前では無力なものだなと半ば達観していたところで残り10分を切った。
仰向けになってもらい、頭の施術を終えて、その頭蓋骨の硬さに安堵していた。

 

「少し軽くなった気がします、ありがとうございます」

 

倍の時間があってもこちらが膝をついていただろう。
今でも時々思い出す。
きっとお世辞を言ってくださったあのお客さんの硬すぎる肩は今どうしているだろう。
あの頃より楽になっていればそれ以上のことはない。

僕のことは忘れてください、さようなら。

 

こばやし・わたし
1999年1月18日、東京都あきる野市生まれ。多摩美術大学在学時より、本格的に音楽活動をスタートし、2020年6月に1st EP『生活』を発表。シンガーソングライターとして、自身のYouTubeチャンネルを中心に、オリジナル曲やカバー曲を配信し、支持を集めている。6月30日、デジタルオンリーの新作EP『後付』(あとづけ)を発表。また、5月に配信オンリーでリリースしたEP『包装』が、“サラダとタコメーター”(Acoustic Ver.) をボーナストラックとして追加、タワーレコード限定で発売中。J-WAVE (81.3FM) 「SONAR MUSIC」内「SONAR’S ROOM」毎週月曜日パーソナリティを担当中。

Twitter:@koba_watashi
Instagram:https://www.instagram.com/iambeautifulface/
YouTube:小林私watashi kobayashi
YouTube:easy revenge records

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