はたらく幸せ、内言語／前島亜美「まごころコトバ」⑰

　時として、舞台に立つのが怖くなる。

　舞台出演を何年続けても、ライブを何回しようとも、本番となると決まって緊張して、多くの人の目の前に立つこと、心を動かしながら声を発することは、もの凄いエネルギーを必要とするんだと改めて思う。

　呼吸が浅くなり、手が震える自分を客観視すると、この仕事は向いていないのかと思うことも多いが、不安な気持ちになった時に、いつも決まって思い出す言葉がある。

「役者という職業は“どんな経験も無駄にならないんだよ”」

　今から4年前に出演した舞台「幸福な職場」で共演させていただいた故・中嶋しゅうさんがお話ししてくださった言葉だ。

　芸能活動をしていると、それぞれターニングポイントや印象的な出会いというものがあるが、この舞台「幸福な職場」は間違いなく私にとって忘れることのできない、大切な大切な作品だ。

　憧れの劇場である世田谷パブリックシアターでの上演、チョーク工場を舞台に“働くことについて”深く考える実話を基にした話。

　この作品で私はとても重要な役をつとめることになり、その役を演じる上で大切だったのが「内言語」というものだった。

　内言語とは、音声や文字を伴わない“思考のための内なる言語活動”で、人の心を支える思考や知性の体系ともいわれている。

　言葉にせずとも、心の中に“たくさんの思いと感情を内包”している。

「内言語」は、私のこれまでの生き方や、心に渦巻く多くの思いとぴったり重なるような、しっくりときた言葉だった。

　私自身にもたくさんの内言語があるんだ。この内言語を、心の声を大切に、芝居を広げていこう。

　舞台となったチョーク工場での職場体験、私が演じる役のモデルとなった方との対談、空気を感じ、言葉を交わし、長い時間をかけて準備し、挑んだ作品だった。

　稽古期間を終え、いよいよ本番。緊張で手が震え、頭の中を不安が覆う中、初日の幕があいた。

　無事に公演を終えて、迎えたカーテンコール、お客様の拍手が心の深くまで響き、思わず涙が溢れ、感謝と喜びを胸にやっと深呼吸できたのを鮮明に覚えている。

　安堵の涙が止まらず楽屋へ歩いていたところ、戻る途中の階段でしゅうさんが「よく頑張ったね」と言葉をかけ抱きしめてくださった。あのあたたかさが忘れられない。

　大好きな、大好きな先輩だった。

　稽古中から、しゅうさんの素晴らしいお芝居に感動し、休憩時間などにいろんなお話をさせていただいた。

　先輩に話しかけることが得意ではない私だが、勇気をもって飛び込みたい、どうしてもお話を聞きたいと思うほど、気さくであたたかい素晴らしい役者さんだった。

　本番の開演前にはいつも決まって下手袖の椅子に並んで座って話をした。「あの店のシュークリームがおいしいんだよ」と笑う、しゅうさんが大好きだった。

“役者という職業”についてさまざまなことをしゅうさんが教えてくださり、続けることに意味がある、いつかしゅうさんのような役者になりたいと、あの時、強く思った。

「どんな経験も無駄にならない」という言葉、これまでの自分の人生が救われるような思いで、未来に希望を持つことができた。

　どんなに辛く苦しいことがあっても、“すべて無駄ではない”とそう思えるだけで前進する勇気が持てる。

　中嶋しゅうさんという偉大な役者さんと出会えたことは人生の大きな財産だと、あの時の気持ちをいつも大切に心の中にしまっている。

　あたたかい学びに溢れた作品。作中にとても素敵な言葉があった。

「働く幸せ」についての言葉。

人間の究極の幸せは、

人に愛されること、

人にほめられること、

人の役に立つこと、

人から必要とされること、の4つだ。

　働くことによって愛以外の3つの幸せは得られる。私はその愛までも得られると思う。

　この作品で感銘を受けたことの数々、偉大な先輩との出会いを通して、私は演劇の素晴らしさを知った。

　あの期間に体験したこと、心からの尊敬や感動や感謝、そして希望。それらを忘れられないから、忘れたくないから、私は演劇が好きで舞台に立ちたいと思うのだと感じる。

　人生が救われるような瞬間を増やし、多くの方と出会い、演劇の持つ力を共有していきたい。

　どんな経験も、無駄ではない。

　自分の中に渦巻く内言語のひとつひとつを大切にしながら、働く幸せを心に、役者という職業を長く続けていきたい。

第18回に続く