「いや、全部伝わってるんだけどな?」ロシア語で「かわいい」とつぶやく彼女に/時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん②

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/4

ロシア人の父と日本人の母をもつ、銀髪の美少女アーリャさん。そしてその隣の席という、多くの男子が羨むポジションにいる久世政近。政近に当たりがキツイアーリャだったが、ロシア語で時々ボソッとつぶやくのは…「Милашка(かわいい)」「И наменятоже обрати внимание(私のことかまってよ)」!! そしてアーリャは政近がロシア語をわかることを知らないまま甘々なロシア語でデレてくる…! ニヤニヤが止まらない青春ラブコメ『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』(燦々SUN/KADOKAWA)1巻の冒頭を試し読み!!

時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん
『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』(燦々SUN/KADOKAWA)

 由緒正しき名門校の生徒にあるまじきその姿に、それまで表情を変えなかったアリサがスゥッと目を細める。

「おはよう、久世君」

「……」

 アリサのあいさつにも、両腕を枕にして突っ伏している政近は一切反応しない。どうやら、ただ机に突っ伏しているだけでなく完全に寝ているらしい。

 あいさつを無視された形になったアリサの目がますます細まり、それを見ていたクラスメートが頬を引き攣らせた。

 政近の右斜め前の男子生徒が、「お、お〜い、久世? 起きろ〜」と控えめに声を掛けるが、その声に反応して政近が目を覚ますより早く。

 ガンッ!

「ぅグフっ!?」

 突如、打撃音と共に政近の机がガガッと横にスライドし、政近が奇声を上げながら跳ね起きた。隣に立つアリサが、横から机の脚を蹴っ飛ばしたのだ。

 それを見て、周囲の生徒は一様に「あ〜あ」という表情で顔を逸らした。

 成績優秀品行方正を地で行く優等生であり、基本良くも悪くも他人に対して無関心かつ不干渉なアリサだが、この学園の不真面目代表のような隣人に対しては例外的に当たりがキツイということは、もう同学年の間では周知の事実だった。

 毎日のように、侮蔑を露わに辛辣な口調で小言を言うアリサと、それを適当に受け流す政近の姿が目撃されているため、もうみんなすっかり慣れたものだった。

「おはよう、久世君。また深夜アニメ?」

 何事もなかったかのような顔で、未だ状況が呑み込めていないらしい様子の政近に再びあいさつをするアリサ。

 その声に、政近は目をパチクリさせながら隣を見上げ、いろいろと察した様子で肩を竦めると、頭をガリガリと掻きながらあいさつを返した。

「おぉ……おはよう、アーリャ。ま、そんなとこだ」

 政近が呼んだそのアーリャという呼び名は、ロシアでのアリサの愛称だ。

 陰でそう呼ぶ生徒は結構いるが、本人に面と向かって愛称呼びをする男子はこの学園で彼一人だった。

 それが、政近の無謀さゆえかアリサの寛容さゆえかは周囲の知るところではないが。

 眠っていたところを蹴り起こされた上、絶賛冷たい視線で見下ろされている最中だというのに、政近の態度に怖けた様子はない。

 その飄々とした態度に周囲から呆れと感心が入り交じった視線が集まるが、政近は別に特別なことをしているつもりはなかった。なぜなら……彼は、気付いていたから。

(『ぅグフっ!?』ってなに? 『ぅグフっ!?』って。ぷふっ、なんか変な声出た)

 自分を見下ろすアリサの目に嫌悪はなく、むしろ目の奥が完全に笑っていることに。

 奇声を上げながら飛び起きた自分を、内心すごく面白がっていることに。

 しかし、アリサはそんな自分の内心がバレているとは全く思っていない様子で、自分の席に座りながら呆れた声で言った。

「あなたも懲りないわね。睡眠時間削ってまでアニメ観て、学校で眠くなってちゃしょうがないじゃない」

「ま、言ってもアニメ自体は一時に終わったんだけどな……その後の感想会が長くって」

「感想会? ああ、ネットで感想を呟くやつ?」

「いんや? オタク友達と電話で。ざっと二時間ほど」

「バカじゃないの?」

 軽蔑し切ったジト目で放たれたその言葉に、政近はふっと遠い目をしながらニヒルな笑みを浮かべた。

「フッ……バカ、か……そうだな。時と場所を弁えずに作品への愛を語ること。それをバカと言うなら、たしかにそうなのかもしれないな……」

「ごめんなさい。ただのバカじゃなくて、救いようがないバカだったみたいね」

「アーリャさんは今日も絶好調っすね」

 アリサの容赦のない毒舌も、政近はおどけるように肩を軽く上下させて受け流す。

 そんな政近の態度に、アリサが処置無しといった様子でやれやれと首を振ったところで、ホームルーム開始三分前を告げる予鈴が鳴った。

 生徒達が続々と席に戻り、アリサも正面に向き直って、鞄の中の教科書ノート類を机の中に移し始める。

 名門校らしく、行儀よく担任の先生を待つ生徒達の中で、政近はググッと大きく伸びをすると、一度大きくあくびをし、涙がにじんだ目をしぱしぱと瞬かせた。

 その様子を横目で見ていたアリサは、窓の方を向いてふふっと笑みをこぼすと、ロシア語でボソッと一言。

【Милашка】(かわいい)

「ぁふ、あんか言った?」

「別に? 『みっともない』って言っただけよ」

 そして、その呟きを耳ざとく聞きつけた政近に、素知らぬ顔でそう返した。アリサの誤魔化しに、政近はあくびのことを言われたのだと納得した様子で「そりゃ失礼」と返すと、今度は口元を手で隠してあくびをした。

 そんな政近を見て、アリサは小馬鹿にしたように片眉を上げると、また窓の方を向いて笑みをこぼした。政近から表情を隠したまま、内心で弾んだ声を上げる。

(バーカ、全〜然気付いてな〜い。ふふっ)

 頬杖を突く振りでニヤケそうな口元を押さえ込むアリサ。その背中を、政近はどこか残念なものを見るような目で見ていた。

(いや、全部伝わってるんだけどな?)

 アリサは知らない。

 実は政近が、ロシア語が分かるということを。時々ボソッと漏らすロシア語のデレが、全部本人に伝わっているということを。

 そして、一見甘さの欠片もない二人の会話の裏で、実はこんなどこか滑稽でこっぱずかしいやりとりが行われていることを、周囲の生徒は誰も知らないのであった。

<第3回に続く>

あわせて読みたい