「赤ちゃんみたい」ロシア語がわかることを知らない彼女との、謎の羞恥プレイ/時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん④

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/4

ロシア人の父と日本人の母をもつ、銀髪の美少女アーリャさん。そしてその隣の席という、多くの男子が羨むポジションにいる久世政近。政近に当たりがキツイアーリャだったが、ロシア語で時々ボソッとつぶやくのは…「Милашка(かわいい)」「И наменятоже обрати внимание(私のことかまってよ)」!! そしてアーリャは政近がロシア語をわかることを知らないまま甘々なロシア語でデレてくる…! ニヤニヤが止まらない青春ラブコメ『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』(燦々SUN/KADOKAWA)1巻の冒頭を試し読み!!

時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん
『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』(燦々SUN/KADOKAWA)

「(なんだって?)」

「(バーカって言ったのよ)」

 心の中で「嘘吐けやぁぁぁ!!」と絶叫するが、それを表には出せない。

 政近がロシア語が分かるのは、大のロシア好きだった父方の祖父の影響だ。

 小学生の頃、しばらく祖父の家に預けられていた折に、祖父にロシア映画を散々観せられたのがきっかけだ。

 政近自身はロシアに行ったことはないし、親戚にロシア人がいるわけでもない。

 学校でも特に言ったことはないので、この学校で政近がロシア語が分かることを知っているのは、隣のクラスの妹だけだ。

 そしてその妹にも口止めをしているので、他に知る者は一人もいない。

 今となってはもっと早くにカミングアウトしておくべきだったとも思うが、後悔したところで後の祭りだ。

 この、隣の席の美少女にロシア語でだけデレられるという謎の羞恥プレイも、全ては自分が蒔いた種なのだから甘んじて受け入れるしかない。

 胸の奥から湧き上がってくる何とも言えない恥ずかしさを、顔を赤くし、きゅっと唇を引き結びながらふすーっと息を吐いて必死に堪える。すると、その様子を怒りを堪えているのだと勘違いしたアリサが、心底面白そうに呟いた。

【赤ちゃんみたい】

 政近の脳内に、幼児化した自分のほっぺたをニヤニヤ笑いながらつっつくアリサの姿が浮かぶ。

(なるほど、戦争がお望みか)

 完全に見下されて遊ばれていると理解した政近は、一気に真顔になった。

(だ〜れが赤ちゃんだこのヤロウ……俺の本気を見せてやろうか)

 チラリと時計に目を遣り、授業終了までの時間を確認する。

(十一時四十分。あと十分か……その間に、なんとか反撃、を……)

 と、そこで政近はとんでもない事実に気付いて目を見開いた。

(しまった! 午前中の無料ガチャ回してねぇ!!)

 痛恨のミス。本来なら家を出る前かホームルーム前に回しておくのだが、今朝は眠過ぎてそこまで頭が回っていなかったのだ。

(あっぶねぇ、よく気付いた俺。仕方ない、次の休み時間に回すか)

 すっかり考えがオタク方向にシフトし、アリサに赤ん坊扱いされたことなど、もうどうでもよくなってしまった政近。その単純さは赤ちゃん並みと言われても仕方がない気がするが、本人に自覚はない。

 残りの授業を適当にやり過ごすと、先生が教室を出て行く……のを見届けた途端、机を元の位置に戻すのもそこそこに素早くスマホを取り出し、最速でゲームアプリを起動する。

 それを見咎めたアリサが、眉をひそめて注意をした。

「緊急時と勉強に使用する場合を除き、校内でのスマホの使用は校則違反よ。生徒会役員である私の前でいい度胸ね」

「なら、これは校則違反じゃないな。緊急時だし」

「……念のため聞くけど、どこが緊急?」

 どうせロクでもない理由だろうとジト目になるアリサに、政近は無駄にキリッとした顔で言い切った。

「無料ガチャ、あと十分で終わるんだ」

「スマホ没収されたいの?」

「お前はそんなこと、しないって信じてるZE☆」

「一回本当に没収してやろうかしら」

 サムズアップをしながらへたっくそなウインクをする政近に、アリサはますますジトッとした目を向ける。しかし、政近は特に応えた様子もなく、手元のスマホに視線を落としながら言った。

「さ〜て、レアが出れば御の字……というか、ウインクとか久々にやったわ。何気に難易度高いよな、ウインクって」

「何よいきなり……」

「いや、アイドルとかが時々やるけど、芸能人でもキレイにウインク出来る人って少ないよなぁと」

「そうかしら?」

「え? 難しくない? どうしても頬や口の端が変に引き攣って、パチンッというよりムィって感じにならない?」

「別にならないわよ」

「……ほう? じゃあ見せてもらおうじゃないですか、本当にキレイなウインクってやつを」

 顔を上げ、ニヤッと挑戦的な笑みを浮かべる政近。仏頂面をしたアリサの眉がピクリと動き、話を聞いていた周囲のクラスメートが軽くざわつく。

 たちまち周囲から視線が集まるのを感じながら、アリサは憮然とした表情のまま政近に向き直ると、一度大きく溜息を吐いた。

「はぁ……ほら、こうでしょ?」

 そして、小首を傾げながらそれは見事なウインクをしてみせた。

 顔の他の部分に一切余計な力を加えることなく、自然に片目をパチッとつぶる。

 孤高のお姫様のウインクという貴重なワンシーンに、周囲から「おおっ!」というどよめきとも歓声ともつかない声が上がり、パチパチとまばらに拍手まで上がる。

 が、リクエストをした当の政近はというと……

「っしゃあ! SSR月読キタァ! ……って、ああごめん。ちょっと見てなかったわ」

「没収」

「ノゥ!」

 容赦なくスマホを取り上げられ、悲鳴を上げる政近。それを仁王立ちで見下ろすアリサ。

 その頬をうっすら赤く染めるのは、怒りかそれとも羞恥か。

 図らずも先程の授業中のからかいに対する反撃になっている気がしないでもないが、政近にその気はない。悪気がないからこそタチが悪いとも言えるが。

 と、そこでアリサの耳に、頭を突き合わせてコソコソ話をする三人の男子生徒の声が聞こえた。

<第5回に続く>

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