会話がおろそかになりがちな時代に届いた、新感覚の青春ミステリ『六人の嘘つきな大学生』/佐藤日向の#砂糖図書館㉟

アニメ

公開日:2022/1/24

佐藤日向

皆さんは就職活動にどんな思い出があるだろうか?

私は小学校2年生の時から今の事務所にお世話になっていることもあり、就職活動もアルバイトもした経験がない。そのため、漠然と「就職活動は将来を決めるための一種のオーディションなのだろう」というイメージがある。

今回紹介するのは、浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』という作品だ。

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本作は、成長著しいIT企業の最終選考に残った六人が内定をもらうため、グループディスカッションで奮闘するところから始まる。しかし、「犯人」によって用意された六人の過去の悪事を暴く告発文によって、グループディスカッションは予期せぬ方向へと進んでいく。読みながら、今までにない読書体験が出来る、新感覚の青春ミステリだ。

作中で「犯人」の存在が二転三転するたびに、読みながらもだんだんと疑心暗鬼になり、就職活動とはこんなに過酷なものなのか、という気持ちになる。そして緻密に広げられた伏線たちが何重にも絡まっている状態が、浅倉さんの繊細な文章によって丁寧に回収される瞬間はあまりにも鮮やかで、最後には読者の疑心暗鬼すらもとっぱらってしまう、まさに”新感覚”な内容になっている。

これまでの連載で紹介した作品も勿論どれも魅力的だが、本作は特に”読んでよかった”という満足感のある、「読み応えしかない」作品だ。作中には「一面だけを見て人を判断することほど、愚かなことはきっとないのだ。」と書かれている。

私はこの言葉に、作品全体を通して伝えたい事が詰まっていると感じた。初めて会う相手と接する時、”相手によく見られたい” “相手を不快にさせたくない”という気持ちは少なからずあるはずだ。だが、相手によく見られるために作り上げた新たな自分が偽物や悪になるのではなく、それすらも自分の中にある一部分だと私は思う。自分の考え方や秘めているものを全て曝け出して生きている人はいない。家族には普段友達や先生と接する時に見せる自分は見せなかったり、逆も然りだ。だからこそ、相手の一部分しか見えていない状態で相手のことを善悪で判断してしまうのは愚かなのだと思う。

作中には月が表側しか見せず、デコボコしている裏側は決して見せないという表現もあるが、月と人は確かに似ている。「この人に限ってそんなことはしない」と思っていても、それは相手の一部を見て勝手に作り上げた虚像に過ぎず、その人のマイナスの情報がひとつ加わるだけで、相手の情報が悪い方にアップデートされてしまう。そのマイナスの情報も、伝える人によって話が変わったりする。じゃあもう人なんて信じるもんじゃないのか、という考えになってしまうが、そうではなく「私はこの人の一部分しか見ていないのに、勝手に善悪を判断してはいけない」という認識を持って視野を広げるだけで、人付き合いのしやすさが変わるはずだ。

AIのように私たちはひとつの情報からいくつもの可能性を導き出せない分、生身で会話をすることができる。会話がおろそかになっている今の時代に、まさにぴったりの作品だ。本作の謎を解き明かすのに挑戦してみるのはいかがだろうか。

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。