SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第7回「マッチングアプリ」

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公開日:2022/1/27

 少し前の話であるが、携帯電話を拾った。

 自宅のマンションの目の前、あまりに無造作に落ちているそれを見て、正直逡巡した。

 何かと物騒な世の中だ、関与することで厄介事に巻き込まれる可能性だってある。触らぬ神になんとやら。それに持ち主が落とした場面に見当が付いている場合は、私が携帯電話を拾ってしまったことにより、必要のない手間をかけてしまう可能性も無視できない。

 しかし、足元のこれの持ち主がなんの心当たりもなく困っている場合を考えると、見て見ぬふりをするのは憚られる。手違いにより置き去りにされた携帯電話は野晒しにされるばかりか、邪悪な人に持ち去られる可能性だってあるだろう。

 拾った場合と、拾わなかった場合。雲ひとつない青い空を仰ぐ私の頭の中で、天秤がゆっくり傾く。

 私は、携帯電話を拾い上げた。

 なにせ初めての経験なもので、まずどうしたらいいかわからなかった。交番に届けるという選択肢の前に出来ることはないかとまずはディスプレイに触れてみることにした。

 驚いたことにそこには「携帯電話を落としました」というメッセージが表示されていた。まさか携帯電話を落とす前から常にこのメッセージを表示させておくような奇特な人もいないだろうし、もしいたとして、そこまで心配性の人はそもそも携帯電話を落としたりしないだろう。だからこれは持ち主が何かしらの方法で別の場所から遠隔で表示させたメッセージなのだ。便利な世の中になったものだと感心しながら再び画面に目を向けると、メールアドレスも合わせて表示されていた。ここにメールをください、とのことだった。

 一仕事終えた私はなかなかの荷物であったので、一度自宅に戻ってからその宛先にメールをしてみようと思い、エントランスをくぐった。

 鞄からやっとこさ鍵を取り出し自宅の扉を開けたその刹那、大音量のサイレンが玄関中に響き渡った。発信源は先ほど落とした携帯電話。画面には「携帯電話を落としました」とのメッセージが先ほどよりも大袈裟に表示されていた。いやもう存じ上げておりますから、とあちこちを触り急いで音を止めた。飛び上がるほど大きな音がまた急に鳴り出したら心臓に悪い。私は慌てて指定のアドレスにメールを送った。

『当方、先ほど***にて携帯電話を拾いました。お預かりしていますので、ご返信よろしくお願い致します』

 すると程なくして、お礼と、場所と時間を指定してくれたらいつでも取りにいけます、という旨の返信があった。私は、家の近所のコーヒー屋さんを一時間後に指定して、引き渡しの約束をした。

 まア、これで落とした方も一安心だろう、と自らが行った善行に気を良くしてソファに腰掛けた。なんとなくテレビをつけて、やおら立ち上がり荷物を片した。再びソファに座り、やはり気分じゃなかったとテレビを消して、台所に立って水を飲んだ。意味もなく伸びをしてその後、ソファに座ろうかと考え、思い直して窓のそばに立って表をなんとなく眺めて、ソファに座った。

 え、どうしよう、落ち着かない。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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