ラムチャイの夜長/生物群「やさしい食べもの」③

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/11

 自炊をこよなく愛する内科医・生物群による、どこまでもやさしい食エッセイ。忙しない日常のなか、時に自分を甘やかし、許してくれる一皿の話。

 お酒が好きで、よく飲みます。どんなお酒でも好みますが、家では味の濃いビールと香りがよくて軽いワインをよく飲み、一方でハードリカーを飲む機会は少ないです。ただし、私の家にはラム酒がいつも控えています。ふだんお菓子作りもしないのに、それはなぜか。

 冬に限ってわざわざ作って飲む飲みものがあります。それがスパイスの入ったミルクティー、チャイです。気軽な価格の紅茶の茶葉を、少量の湯を沸かした小鍋で濃く濃く煮出し、いつもはカレーを作るときに使っているホールカルダモン、ホールクローブ、シナモンのかけらを1、2片放り込みます。好きな量の砂糖とミルクを加え、味がなじむまで、また沸騰して吹きこぼれないように注意しながらしばらく熱を加えます(私はだいたい吹きこぼしますが)。小鍋にたっぷりとチャイを作り、何度もおかわりをして飲むのが好きです。マグカップに注ぐときには茶漉しを使い、スパイスや茶葉が混ざらないように用心するのがなめらかなチャイを飲むこつです。

 寒い冬の夜長にはお酒を飲むにしてもビールもワインも冷たいなというときがあり、そういうときにはいそいそとそのようにしてチャイを作り、ラムチャイにします。チャイを作り、マグカップに注ぐときにラムを好きな量入れて混ぜる、ラムチャイの完成です。ラムの量は香る程度でもいいし、「これは酔っぱらっちゃうね」というくらいたっぷり入れてもいいものです。瓶や缶をあけてグラスに注いで飲むというのとはまた違う手間と時間が必要で、まるでスープを作って食べるときのように時間をかけて飲みものを作るのは特別な感じがします。

advertisement

 チャイを作るとき、ミルクの量はそのときどきで自分の好きな量でいいのが楽しいところです。白とかベージュ、茶色い液体が、濃さによって混ざり合いながら繊細にさまざまな色に変わるのを見ていられるのも、ミルクを使った飲みもののいいところだなと思います。

 以前、実家で家族と暮らしていたときに、10代の妹が「ただいま」と言って外出から帰ってきました。その日は冬ではなく夏の暑い日で、妹は「茶色い犬の散歩を見かけて撫でたよ」と言って手を洗ったあと、冷蔵庫から冷えたアイスコーヒーのパックを出し、グラスに注いでからそのあと冷たいミルクを注いでいき、混ざっていく黒いコーヒーと白いミルクを見ながら「これの薄いところくらい、もうちょっと白いなあ」と言いながら、コーヒーとミルクで名前も知らない犬の色を再現し、そのまま飲み干しました。

 チャイやカフェラテを作るとき、妹の出会った、私の見ていない犬のことをときどき思い出します。犬は犬好きの妹をひと目で見つけてしっぽをふって寄ってきてくれ、ひとときでも寄り添ってくれたのでしょう。夜長のラムチャイは、家のソファに腰掛けその色の犬と寄り添って沈み込むような気持ちで飲めるやさしい飲みものです。

<第4回に続く>

生物群(せいぶつぐん)
東京在住。都内病院勤務の医師。お酒と食事が好きで、ときどき帰宅してから夜寝る前まで料理を作り続けてしまいます。


Twitter:@kmngr