唯一無二の人気VTuber・天ノ川トリィが受けた特許権侵害の全貌が明らかになる!/特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来⑤

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/7

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。南原詠著の書籍『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第5回です。「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする“特許法律事務所”を立ち上げた凄腕の女性弁理士・大鳳未来。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。そして、さまざまな企業の思惑が――。真の目的を明らかにするため弁理士・大鳳未来が挑む! 現役弁理士が描く企業ミステリー小説。エーテル・ライブ取締役・棚町の執務室に通された未来。そこでVTuber天ノ川トリィが受けた特許侵害の警告の詳細を明かされる!

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』(南原詠/宝島社)

第二章 唯一無二の大人気VTuberが特許権侵害?

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 スタジオの並ぶ通路を抜けると、奥に棚町の執務室があった。

 室内はデスクと椅子と棚だけだった。

 だだっ広いシンプルなデスクに、ノートパソコンが置かれている。

 棚町がステンレス製のコーヒーメーカーからコーヒーを淹れた。

「適当に座ってください。エーテル・ライブは来客も問い合わせも、本来受け付けない会社です。応接室とかありませんから」

 未来は、デスクの上に無造作に置いてある茶封筒を見つけた。

「警告書ですね。正式な契約前ですが、弁理士には秘密保持義務があります。読ませてください」

「メールでも同じ内容の文書が届いています。共有しますので、あとで送るアドレスを教えて下さい」

 配達証明郵便で届いた封筒には、《株式会社ライスバレー》のロゴが入っている。聞いた覚えのない会社名だった。

 封筒を開いた。中身は、侵害警告書本文と特許公報の写し、あと送付状だった。

 警告書の内容を確認する。『御社に所属するVTuber天ノ川トリィが使用している撮影システムの使用行為は、弊社の有する専用実施権を侵害する』

「あまり見ない形の警告です」と、未来は珍しさを感じて呟いた。

「正確には、特許権侵害ではありません。専用実施権の侵害です。珍しいパターンです」

 棚町は困った表情で訊ねた。

「疎いもので、説明を頂けると助かります。そもそも、特許とは正確には何ですか?」

「新しい技術を創ったら、それを独占できる権利です。公開することを条件に、国から貰えます。世の中の技術進歩に貢献したご褒美ですね」

「具体的には、特許で何ができるのですか」

「特許を持っていない人の、作る、売る、使うを中止できます。これを差止請求といいます。また損害賠償も請求できます」

「我々は、トリィの撮影機材が特許侵害だったなんて、知りませんでしたが」

「いかなる理由であれ、特許は侵害したほうが悪いとするルールになっています。知的財産権の中で特許権が最強と呼ばれる理由の一つです」

 棚町は納得のいかない様子だった。無理もない。

 やがて、棚町は質問を続けた。

「専用実施権、でしたっけ。特許とどんな関係があるんですか」

「ライセンスの一種です。ライセンスとは、特許を持っている人からの事業許可証です。例えば、どこかのブランド企業から注文を受けてハンドバッグや服を作った下請け会社は、侵害とは言われませんよね。これは裏でライセンスを得ているからです」

 棚町は首を傾げた。

「ということは、下請けが警告書を送ってきたのですか?」

 未来は続けた。

「特許を譲り受けたようなものなので、下請けどころか自分が発注元になれます。特許権者に代わって技術を独占する強力なライセンス。これが専用実施権です」

 棚町は、右手を口元に当てて考え込んだ。

「聞いたことがないですね。どんな人が持つライセンスですか」

「普通なら、特許権者と強い信頼関係がある相手です。親会社と子会社とか、実際の親子とか」

 棚町は少し考えた後、呟いた。

「誰でも受けられるわけではないと」

 未来は頷いた。

「大事な特許の譲渡ですから。例えば、特許権者が自分で訴訟をしたくない場合。訴訟は面倒だな。でも侵害品は許したくないな。そうだ、信頼できる提携先のA社にライセンスを与えて、代わりに侵害品を取り締まらせよう、とか」

 棚町は、目を瞑って考え込んだ。

「特許権者はどうなるんですか」

「引退状態になるので、自分は何もできなくなります。しかしライセンスですから、A社からライセンス料を貰い続けますね」

 棚町は頷いた。

「なるほど。売ってしまったら利益は一度きり。でもライセンスなら、利益がずっと出る」

「不動産と同じです。売ってお金を得るか、貸して家賃で儲けるかの違いです」

 棚町は俯いた。なんとか状況を整理しようとしている様子だ。

 未来は警告書を眺めながら、棚町に訊ねた。

「警告書を送ってきたライスバレーの社名に覚えは?」

 棚町は、首を大きく横に振った。

「まったくありません。ネットで調べたところ、土地や建物の測量用ソフトメーカーのようです」

 警告書を読み進める。相手の主張は、以下の通りだ。

 エーテル・ライブのVTuber、天ノ川トリィの使う「撮影システム」は、弊社の特許ライセンスを侵害する。

 ライスバレーは、撮影システムの使用中止と廃棄を請求する。

 またライスバレーは、侵害による損害賠償を請求する。請求額は「エーテル・ライブの全体の売上額に〇・一を掛けた額」である。

 エーテル・ライブは、本請求に対し二週間以内に返答すべし。

 警告書の末尾には、ライスバレーの代表取締役社長、米谷勝弘の署名があった。

 未来は思わず呻いた。

「請求額が高すぎる。『全体の売上額』に〇・一を掛けるなんて普通はありえない」

 損害額は通常、『利益』の何パーセントと計算する。売上では計算しない。

 棚町が失笑した。

「うちの『全売上』の十パーセントを支払えと請求しているんですよね。利益が出ていなくても、赤字でも払えって意味ですよね。ふざけていますよ」

 棚町の気持ちはわかりながらも、未来には嫌な予感がしていた。

 警告書の中身は差止と損害賠償のみ。

 金銭が目的なら、損害賠償額はもっと現実的になる。

 さらに強欲な企業になると、「今後も天ノ川トリィが活動を続けたいなら、金を払えば認めてやってもいい」との話、つまり今後のライセンス契約についても書くはずだ。

 金が目的ではないパターン。単純な、侵害者の排除。

 封筒の届いた日付や、応答期限を再度、確認する。

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