国民的女優に中学時代の同級生…。ホテルのロビーに次々と宿泊客が集まりはじめて…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック④

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/6

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。鴨崎暖炉著の書籍『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック 』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第4回です。三年前に起きた日本で最初の“密室殺人事件”。その判決を機に「どんなに疑わしい状況でも、現場が密室である限り無罪」が世間に浸透した結果、密室は流行り病のように社会に浸透した。そんななか、主人公の葛白香澄は幼馴染の夜月と一緒に、10年前に有名な「密室事件」が起きた雪白館を訪れる。当時は主催者の悪戯レベルだったが、今回はそのトリックを模倣した本物の殺人事件が起きてしまい――。あなたは、この雪白館の密室トリックを解くことができるか!? 密室事件の謎解きをあきらめた香澄は、いったんロビーへ戻る。そこには、朝ドラ女優の長谷見梨々亜、そして中学の同級生・蜜村漆璃の姿が…。

密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)

 ところで、現場に居合わせた十代の女性作家─、彼女がまとめた『雪白館密室事件』のルポは、推理作家─、雪城白夜のこんなセリフで締めくくられる。夜が明け、推理大会がお開きになった後も白夜は自分が犯人であることを認めなかったが、代わりにその女性作家にだけ、こう言い放ったというのだ。

「残念だ」─、と。

「今、示されている情報だけで、この密室の謎を解き明かすことは可能なのに」

 二時間後、密室の謎に打ちひしがれた僕と探岡は、ふらふらとロビーへと戻った。探岡は「じゃあ、また後でな」と僕に言うと、ふらふらと窓際の席に向かう。疲れたらしい。いや、僕も疲れたけど。

 フロントの近くの席に夜月がいたので、僕はそこに合流する。スマホのゲームで遊んでいた夜月は、僕に気付くと顔を上げた。

「お疲れ、密室の謎はどう?」

「いや、正直、さっぱりわからん」

「だろうね、予想通りだよ」

 彼女はそう言って、再びスマホに目を戻した。むかつくが、何も言い返せないのが悲しい。僕は迷路坂さんにバナナジュースを注文した後、ソファーに腰かけ目を瞑った。疲れた。体が泥のようだ。このまま眠りこけてしまいたい……。

 でも、そんな僕の脛を夜月が蹴った。足がぶつかっただけかと思い無視していると、今度は思いっきり蹴られた。やっぱり、間違いじゃなかった。なんて酷いことをする女なのだろう。

 目を開けると、悪びれもしない夜月の顔が映った。彼女は何故かテンションの高い小声で言う。

「香澄くん、香澄くん」

「うるさいな、何?」

「ねぇ、あれ見てよ」

 夜月はカウンターの方を指差した。そこには宿泊客らしい一組の男女が立っていた。二十代後半の男と、十代半ばの少女。どう見ても、カップルではない。男は眼鏡に冴えない容姿をしていて、対して少女の方はキラキラと輝いていた。茶色の髪をツインテールに結んでいて、幼い顔立ちだが華があり、人目を惹く容姿をしている。何だか、オーラがすごい。というよりも、あの少女、どこかで見たことがあるような。

「ほら、長谷見梨々亜よ。朝ドラ女優の」

「あっ!」

 僕は思わず声を上げた。梨々亜の視線がこちらに向く。僕は慌てて目を逸らした。

 梨々亜─、長谷見梨々亜。彼女は秋まで放送されていた朝ドラで主演を務めた、国民的女優だった。年齢は確か十五歳。元々人気はあったが朝ドラで大ブレイクし、今はドラマやバラエティ番組などに引っ張りだこになっている。

 俗人の象徴のような僕と夜月は、やはりテンションが上がっていた。

「ねぇねぇ、香澄くん、どう見ても本物だよね」

「うん、どう見ても本物だ」

「すっごく可愛い」

「確かに」

「ねぇ、後でサインもらおっか」

「嫌がられない?」

「有名税でしょ」

「確かに」

「だったら、払う義務があるよね」

 僕たちはひそひそ話をしながら、梨々亜の姿を注視する。梨々亜は支配人の詩葉井さんからフロントで鍵を受け取った。そして鍵に刻印された部屋番号を見て、嬉しそうな声を上げる。

「わーっ、001号室だ。これって、アレですよね。離れの」

「はい、西棟の離れでございます。雪城白夜が執筆に使用していた」

「わーっ、やっぱりそうなんですねっ! 梨々亜、雪城先生の大ファンだから、一度泊まってみたいと思ってたんです」

 梨々亜は雪城白夜のファンだったのか─、僕は意外な事実を知った。そして実際に会った梨々亜はけっこう、ぶりっ子な性格だった。いや、こういうキャラなのはバラエティ番組とかで見て知ってはいたが。

「とにかく、ありがとうございますっ! 感激です」梨々亜は嬉しそうに鍵を握りしめながら、詩葉井さんにお礼を言った。そしてフッとその笑みを消し、連れの男に声を掛ける。

「じゃあ、真似井さん、部屋の前まで荷物を運んどいて」

 ちょっと、びっくりするくらい冷たい声だった。真似井と呼ばれた男は「はい、梨々亜さん」と言って、床に置かれていたブランド物の旅行鞄(たぶん、梨々亜の鞄)を持って西棟の方へ消えていった。

 梨々亜は再びにっこりと、詩葉井さんに笑みを浮かべた。

「ここのロビーでお茶が飲めるんですか? 梨々亜、喉渇いちゃって」

「はっ、はい、あそこにいるメイドに言ってもらえば、いろいろ頼めます」

「本当ですかっ! 嬉しいっ! すみません、メイドさん、注文いいですかーっ」

 梨々亜は嬉しそうに、迷路坂さんの方に駆けていく。

 何だか、裏表の激しい子だ。真似井はたぶん梨々亜のマネージャーなのだろうが、ああも冷たい対応を見せられると、芸能人って怖いって思ってしまう。

「マネイさんも大変だね。マネージャーだけに」夜月がまた語呂合わせを始めた。

 先ほど注文したバナナジュースを迷路坂さんが運んできたので、僕はそれを一口飲む。ぼんやりとロビーを眺めていると、ロビーにそれなりの数の宿泊客が集まっていることに気が付いた。社長の社と医師の石川は未だに時計の話をしているようだし、朝ドラ女優の梨々亜はグレープフルーツジュースを嬉しそうに飲んでいる。探偵の探岡はソファーで、ぐでっーとダウンしていた。僕と夜月を含めると、今ロビーにいる宿泊客は六人。今夜泊まる客の数は十二人だそうだから、半数がこの場所に集っているということになる。

 残りの宿泊客はどんな人たちなのだろう? そんなことを考えていた時に、僕は彼女の姿を見かけた。瞬間、全身の毛が逆立った。信じられない思いだった。どうしてだ─、どうして彼女がここにいる?

 彼女はちょうど西棟からロビーに移動してきたところのようだった。腰まで届く長い黒髪と、美しく整った涼やかな顔立ち。そして切れ長の大きな瞳。美少女という言葉が、彼女ほど似合う人間を僕は知らない。

 でもその姿は、僕の記憶の中のものより少しだけ大人になっていた。それはそうだろう─、彼女と最後に会ったのは、もう一年以上前になるのだから。

 僕は知らず立ち上がり、彼女へと近づいていた。そんな僕の姿に気付いて、彼女は目を丸くする。そして驚いたように言った。

「葛白くん?」

 頷く代わりに、僕は言った。

「久しぶりだな、蜜村」

 ああ─、ここに来て良かったと思った。夜月が「イエティを探しに行こう」と言い出した時はマジかと思ったが、この報酬はその対価としては十分すぎるものだった。

「久しぶりね、葛白くん」

 と彼女が笑う。

 これが僕と蜜村漆璃の一年ぶりの再会だった。

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