なぜか朝食に現れなかった宿泊客。昨夜、最後にやって来た怪しげな宗教家の部屋を訪ねると…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック⑤

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/7

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。鴨崎暖炉著の書籍『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック 』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第5回です。三年前に起きた日本で最初の“密室殺人事件”。その判決を機に「どんなに疑わしい状況でも、現場が密室である限り無罪」が世間に浸透した結果、密室は流行り病のように社会に浸透した。そんななか、主人公の葛白香澄は幼馴染の夜月と一緒に、10年前に有名な「密室事件」が起きた雪白館を訪れる。当時は主催者の悪戯レベルだったが、今回はそのトリックを模倣した本物の殺人事件が起きてしまい――。あなたは、この雪白館の密室トリックを解くことができるか!? 雪白館の宿泊予定客は12人。ロビーで流れていたバス事故のニュースで、そのうちの2人が亡くなったことを知り、驚く香澄たち。さらに、その翌朝には、1人の宿泊客が姿を見せず、その部屋を訪れると中から悲鳴が…!!

密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)

 夕食後に自室で風呂に入った後で、ロビーの自販機で何か飲み物を買おうと西棟の廊下を歩いていると、怪しげな人影を見かけた。朝ドラ女優の長谷見梨々亜だ。彼女はトランシーバーのような機器を手にして、真剣な表情でそのアンテナをいろんな方向に向けていた。

「あのぅ、何をやってるんですか?」

「ふにゃっ」

 いきなり後ろから声を掛けられた梨々亜は、とてもびっくりしたようだった。深呼吸をしながら僕を見て、そして不思議そうな顔をする。

「誰ですか?」

「ただの宿泊客です」

「どうしてただの宿泊客ごときが、梨々亜に声を掛ける権利を持ってるの?」

 なんか、凄いことを言われてしまった。そんな僕の表情を見て、梨々亜はさすがに反省したらしい。慌てて取り繕ったように言う。

「なーんてね、冗談よ。どんどん話しかけてきて。ほら、梨々亜、ファンサービスの塊だから。『長谷見・ファンサービス・梨々亜』に改名しようと思ってるくらいだから」

「はぁ」

「はぁ……、って。反応薄いなぁ。もしかして、緊張してる? わかるよ、梨々亜って国民的女優だもん。平均視聴率25パーセントの女だもん」

「はぁ」

「げしっ」

「ぐはっ」

 何故だか思いっきり脛を蹴られてしまった。何なんだ、この女。週刊誌に訴えてやろうか?

 謝る気などさらさらない梨々亜が、悶絶する僕を見下ろす。

「週刊誌にタレこんだら殺すから」

 梨々亜はにこやかに笑って言った。……、何なの、この女。性格悪すぎだろ。

「……、それで」僕がようやく痛みから復帰すると、梨々亜は見下すように訊いてきた。「君、どうして梨々亜に話しかけてきたの? サインとか? それとも写真? 脛を蹴った口止め料の代わりに、そのくらいのお願いなら聞いてあげてもいいけど」

「違いますよ」と僕はふて腐れて言った。この女のサインとか、もう絶対にいらないし。「単に何をやってるのか気になっただけですよ。そんな変な機械を持って」

 僕は彼女が手にしたトランシーバーのような機器を指差す。サイン目当てではないと知った梨々亜はちょっとだけムッとして、「なーんだ、そんなことか」と興味がなさそうな顔をする。

 彼女はトランシーバーのような機器を翳して言った。

「これはね、盗聴器を発見する機械よ」

「盗聴器を発見する機械」

 何故、そんなものを。

 そんな僕の疑問が伝わったのか、梨々亜は深い溜息をつく。

「あのね、梨々亜は国民的女優なの」

「はぁ」

「また脛を蹴られたい?」

「蹴られたくないです」

「本当に? 本当は梨々亜に蹴られたくて、わざとそんな態度を取ってるんじゃないの?」

 とんだ言いがかりだった。本当に─、とんだ言いがかりだった。

「まぁ、とにかく」と梨々亜は言う。「とにかくね、そんな国民的女優でデビュー曲が二億回再生の梨々亜は常にマスコミから狙われているの。ストーカーまがいのファンからもね。だから、常に警戒する必要がある。旅行や仕事でホテルに泊まる時には、いつも部屋に盗聴器や隠しカメラがないか、この機械を使って確認しているの」

 彼女はトランシーバーのような機械を振った。

 僕は「はぁ」と言いかけて、慌てて「なるほどっ!」と言い直した。できるだけテンション高くだ。「その機械で盗聴器や隠しカメラが発する電波を拾うってわけですねっ!」

「そうよ、わかってるじゃない下僕」

「……、下僕じゃないです」

「じゃあ、召使い? まぁ、とにかく、これさえあれば盗聴器やカメラを簡単に発見することができるってことよ。今日もがっつり調べたから─、三十分くらいかけて」

「なっ、なるほど」暇なやつだと思う。そんな時間があるなら、バラエティ番組のアンケートでも書いていればいいのに。

 でも、そこでふと思う。

「そういう雑事だったら、マネージャーさんにやってもらえばいいのに。わざわざ梨々亜さんがやらなくても」

 そう言うと、梨々亜は憐れな子を見るような目をした。僕は梨々亜に憐れまれていた。

 彼女は溜息をつく。

「何言ってるの? 真似井さんにやらせるわけないじゃない」

 ああ、なるほどと僕は思う。少し梨々亜を見直した。

「確かに真似井さんは忙しそうですもんね。梨々亜さんは、そんな真似井さんの負担を少しでも減らそうとしているんですね」

 すると梨々亜はきょとんとした。そして呆れたように僕に言う。

「いや、単に真似井さんを部屋に入れるのが嫌なだけだから。だってあの人、重度のアイドルオタクなのよ? 今でも休みの日は握手会とかに行ってるし。気持ち悪いでしょ? そんな人間を自分の部屋に入れるなんてこと、梨々亜がするはずないじゃない。何されるかわかったもんじゃないし。むしろあの人が一番盗聴器仕掛けそうだし」

 梨々亜の真似井に対する信頼度はゼロだった。僕は彼女を見直したことを後悔した。

 梨々亜は僕との会話に飽きたようで、再びトランシーバーのような機器を片手に盗聴器を探し始めた。僕はそんな彼女に「じゃあ、また」と言った。無視されるかと思ったが、梨々亜は「おやすみ、下僕」と返してくれた。

 ロビーで自販機に硬貨を入れて、フルーツ牛乳を購入する。それを飲みながらロビーに置かれたテレビのチャンネルを回していると、この近くで大きなバス事故が起きたというニュースが流れていた。死者も二人出たらしい。その名前をアナウンサーが読み上げる。「亡くなられたのは、中西千鶴さん、黒山春樹さん─、」後ろから「えっ」という声がした。振り返ると、迷路坂さんだった。

 迷路坂さんは、珍しく驚いているようだった。僕は眉をひそめて言う。

「もしかして、知り合いですか?」

「知り合いというか」彼女は少し口ごもる。そして困惑した声で言った。「二人とも、今夜ここに泊まりに来る予定だったお客様です。到着が遅いと思っていたら、まさかこんなことになっていたなんて」

 その言葉に、僕は目を丸くする。宿泊する予定だった客が死んだ?

 僕たちの会話を聞いて、ロビーにいた他の客たちも集まってきた。「本当ですか、それは」と探偵の探岡が言った。「信じられません」とイギリス人のフェンリル。「こんなこともあるんだね」とのんびりとした口調で誰かが言う。この人は─、確か医師の石川だったか。

「なになに、どうしたの?」そこに、今ロビーにやって来た夜月も加わった。事情を聞いた彼女は、やはり目を丸くする。

 その時、玄関の方から、コツリと足音が聞こえた。

 張り詰めた空気の中で、皆の視線がいっせいにそちらに向く。そして事故のニュースに戸惑っていた僕たちは、そこからさらに動揺した。唐突に現れたその男によって。

 皆の視線の先─、

 そこにいたのは三十歳くらいの男だった。玄関の方からやって来たところを見ると、おそらくこの館の宿泊客だろう。今夜この館に泊まる客は、全部で十二人のはずだ。既に館には九人いて、泊まる予定だった二人が事故で死んだ。となると、今現れたこの男は、十二人目の宿泊客ということになる。遅れてやって来た、最後の客。

 問題なのはその出で立ちだ。

 男はカトリックの司祭が着ていそうな宗教服を身に付けていた。真っ白な服で、その左胸の部分には十字架が描かれている。ただ、磔にされているのはキリストではなく、肉のない骸骨だった。

 僕はその十字架のイラストを見たことがあった。ある教団のロゴマークだ。そっと、その教団の名前を呟く。

「『暁の塔』」

 僕の言葉に、また皆の間に緊張が走った。「ねぇ、『暁の塔』って」と夜月が言った。

「あの死体を崇めている─、」

 正確にはその認識は間違っている。彼らが崇めているのは死体ではなく殺人現場だ。

『暁の塔』は最近信者を増やしている宗教団体で、でも新興宗教ではなくその歴史は意外に古い。十七世紀ごろにフランスで生まれ、嘘か本当かはわからないが、世界で十万人近い信徒がいるらしい。日本にも戦後まもなく伝わってはいるのだが、勢力を拡大し始めたのは三年前から─、日本で初めて密室殺人が起きたあの三年前からだ。

『暁の塔』は殺人現場を信仰の対象にする。その現場を写真に撮って、御神体の代わりにするのだ。殺人現場には被害者の負のエネルギーが充満する。それを信者たちの祈りによって浄化することにより、負を正へと反転させて幸福を得ようという教義だ。

 そして彼らが崇める殺人現場のうち、最高峰とされるものが密室殺人現場だった。というよりも、三年前の密室殺人事件を切っ掛けに、そういう教義が付け加えられた。理由は閉ざされているからだそうだ。閉ざされ怨念が溜まりやすい分、浄化した際に得られる幸福エネルギーも大きくなる。

『暁の塔』は三年前からの密室ブームに乗って、国内での勢力を拡大させていった。その一方で悪い噂も絶えない。崇拝の対象となる密室殺人現場を増やすために、信者たちが自ら殺人を犯しているという話もあるほどだ。

 僕たちは迷路坂さんと宗教服の男の世間話に耳を傾けていた。男は神崎という名前で、『暁の塔』の神父であるらしい。「神父の神崎か」と夜月が呟くのが聞こえた。

 フロントでチェックインの手続きを進めながら、迷路坂さんが訊く。

「神崎様は今回はどのような目的で当ホテルに? やっぱり、あの密室現場ですか? 雪城白夜が起こした『雪白館密室事件』の現場を見に?」

「いえ、違います」神崎は穏やかな口調で首を振る。「あそこでは人は亡くなられておりませんから。我々の信仰の対象にはならないんですよ」

「なるほど、ではどのような目的で?」

「タレこみがあったんです」

 と神崎は言った。やはり、穏やかな声で。

「今夜この館で、密室殺人が起きると」

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