第31回『遅読のススメ。後編』 土屋礼央

更新日:2013/8/6

僕の本は短編集と言えるのだろうか?
文庫の値段より文庫の総文字数分の原稿用紙の値段の方が高い場合があります

『遅読のススメ。後編』

よく噛んだ方が、消化も良く、身体にも良い。
付き合いが長ければ長い程、心も通じ合う様になる。

24時間という限られた時間をどう使うかが、
現代人の勝負の分かれ目とも言えますが、
やはり物事の大半はじっくり時間をかける事で
より味わい深い喜びに変わります。

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日が落ちるのもすっかり早くなり、読書にぴったりのこの季節。

ここはひとつ
じっくりゆっくり、一冊の本を、
噛めば噛む程美味しくなる読み方、遅読で楽しんで頂きたい。
もしかすると
何冊分もの喜びを感じられるかも知れません。

リリー・フランキーさんの『東京タワー』を読破するのに3ヶ月半かけた僕は
おかげで感動が倍増。
ファミレスで『東京タワー』を読み終えた僕の目からは涙涙。
気づけば、備え付けの紙ナプキンが無くなり
「すみません、紙ナプキン下さい」
と追加注文したとかしないとか。

今年こそ読書っ!と意気込んでいるあなたにもオススメな遅読。
後編は
本をチョイスして一冊ずつ実際に遅読レポートしたいと思います。

今回ご紹介するのはこの5作品。

『歪笑小説』 東野圭吾
『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國香織
『鉄道員』浅田次郎
『O・ヘンリ短編集』O・ヘンリ
『Story Seller』伊坂幸太郎他 新潮社ストーリーセラー編集部/編

どれも有名な方の作品ばかり。
ちなみに全て短編集です。

これを全て読破してから、お伝えしようとも思ったのですが、
全部読むとなると、

2年くらいかかりそうなので、

各2~3編読ませて頂いてからのレポートとなります。

先ず鉄道好きとしては、

『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎 集英社文庫

から遅読しなくてはならないでしょう。


こちらが鉄道員の表紙。
下の帯の部分も含め、素敵なバランスです

今まで、読んでいなかったこと自体、申し訳ない。
実はまだ映画も見た事無い、わたくし。
知っている知識と言えば、高倉健さんの「自分、不器用ですから」のみ。

早速、拝見させて頂きます。

先ずは、表紙をチェック。
年老いた駅員さんが、小さな椅子に腰掛け、
疲れた様に座っている。
上の方に横書きで鉄・道・員と上下に段々と表記。
そしてバランスを取る様に、
その逆側にひらがなでぽっ・ぽ・やのふりがな。

僕は文字も絵として見る事が多い。
ふりがなと漢字が段々になっている。
これがただ単に横1列で「鉄道員」だと、
ちょっと固めの難しい印象になりそうなので、
この段々配置、
「ぽっぽや」という半濁音も相まって、とても温かい印象。
駅員さんの哀愁は感じるが
きっと優しい、素敵なお話でしょう。
素敵なヒューマンドラマなのだろうなと想像。

個人的に、救いようの無いエンディングを迎えるお話は
あまり読みたくない。
まぁ、無理矢理、後日談を自分で作り、
ハッピーエンドにしてしまいますが……。

作者名が浅田次郎。

浅田飴が舐めたくなってきました。

きっと本屋さんでも、
あいうえお順が最初の方で、探しやすいでしょう。
アート引越センター方式です。
それにしても相川サンよりあいうえお順で早い人はいるのだろうか?
いるとしたら、アーノルドさんなのだが……。

遅読に脱線はつきもの。
そこで面白い発想が芽生えたとしたら、めっけもんです。

ここで浅田次郎さんの似顔絵を描いてみよう。
想像で良い。
この表紙から想像して、書いてみよう。


こちらが、僕のファーストインプレッション
浅田次郎さん

書き終わったら裏表紙で値段をチェック。

おいくらですかな……。

476円。


本は安いねぇ。

裏表紙に書いてある、あらすじを読む。
「男は駅に立ち続けた……。」
ふむふむ、なるほど。表紙の男は座っていますが、これいかに。
と少々ひねくてみる。
ほほぅ、直木賞を受賞したのね。
初めて読むには、こういうたぐいの受賞は親切だ。
安心して、時間を提供出来る。
モンドセレクションだって付いていた方が良い。
ちなみに
直木翔って人は実際にいそうだな。
ネットで調べる。
あ、いた。
彼には将来、芥川賞を獲ってもらいたい。
芥川賞作家、直木翔。

さて、表紙で、十分楽しんだ。
そろそろ中身を開きましょう。

ぱらり。


浅田さん、こんな顔!

先ほど描いた浅田さんの似顔絵との違いっぷりに驚愕。
まだまだ僕は浅田さんを解っていない様です。
大変失礼しました。
もっと知れる様に、じっくり読まさせて頂きます。

目次で、鉄道員の総ページ数をチェック。
40ページなら、安心だ。
100ページを越えると遅読はかなりキツい。

もう一枚、ページをめくる。
そこには本のタイトル

鉄道員

の文字だけ。

まためくる。

この作品はいつ刊行されたかの情報が左に記され
右ページには
収録されている作品としてのタイトル

鉄道員

の文字だけ。

僕は、この最初の余白を贅沢に使った本が好きです。
紙のこすれる音を感じながら1ページに数文字の贅沢な印字を楽しむ。
展覧会で、一枚の絵の前にずっと立って鑑賞している感じ。
読書のなんとも贅沢な時間です。

そして振り返ってみよう。


もう7ページも読んでいる。

すでに読書している気分になれる。
あぁ楽しい。

さて、そろそろ本文に参りましょう……。

遅読にとって、最初の1文はとても大切です。
時代背景、場面設定を
そこから全て汲み取りたいから。

遅読の面白さは
想像です。
1文から出来る限りの想像で背景を妄想し、先読みをし
作者の狙いを感じる。
そして読んで行くうちに、
徐々に作者の意図した背景が明らかになっていく。
最初に想像した自分の背景との擦り合わせ、

「なるほど、あなたは、そう捉えますか……」

あたかも自分が作者で
浅田次郎が読者の様な立場にして
楽しむのが遅読の醍醐味である。

注目の最初の1文だ。

「美寄駅のホームを出ると、幌舞行の単線は……」

美寄駅……

びよろ?

何処だ?

鉄ちゃんにも関わらず、不覚にも美寄駅の知識が無い。
これは困った。

幌舞?
札幌の近くかな?

知識をフル稼働しても、駅を特定出来ない。

気になって、前に進めない。

ネットで美寄駅を調べる。

載っていない。

あ、載ってた

美寄駅は『鉄道員』に登場する、架空の駅です。


なんつ!

そりゃそうだ。
小説だもの、架空で当然である。
とはいえ、駅を想像しなくてはなりません。
自分なりに美寄駅を創造し、頭の中に路線を配置し、物語を進めていきます。


ふぅ、今日は、ここまで。

これ以上は頭の中に詰め込み過ぎである。
一つ一つが雑になります。

本を閉じ
翌日、また『鉄道員』を読む事にしよう。

翌日

ここで一つお伝えします。
日をまたいだ場合、

また最初から読み始めます。

昨日とは全然違う読み応えです。

「美寄駅のホームを出ると、幌舞行の単線は……」

あぁ、あの美寄駅ね。

架空とはいえ、昨日、脳内に建設した美寄駅が存在します。
あたかも昨日訪れたかの様です。

スラスラスラ……。

なんて快適なんだ。

読む前から、背景を自ら設計。
これはまさに
浅田次郎と土屋礼央のコラボ作品である。

自分の作品として小説を読み始められます。

この様に数日かけて読破しましょう。
面倒くさくなるかも知れませんが、
日に日に読むスピードが上がって楽しいです。
これはこれで遅読です。

背景を自ら創造し、日をまたいだら、また最初から。
途中で挿絵があれば、ボーナスです。
浅田次郎との情報共有がそこで行われます。

読む事、4日。

最終日は1時間半ほどで読破。

本当に素敵なお話でした。
真冬の設定が自分に入り込んで、ちょっと厚着をして読書。
最後は自分が駅に居ながら読んでいる感覚でした。

ここで、ネットのレビューを見る。
なるほど、そういう捉え方もあるのね。

ちょっとした
『鉄道員』読者オフ会です。

そして、翌日映画『鉄道員』を鑑賞。

なるほど、そういう捉え方もあるのね。
そこの場面をこんなに広げるのか。
なるほど、センスだねぇー。
そこの台詞のタイミング、抜群ー!

自分の原作が映画化された気分です。

「『鉄道員』の事ならなんでも聞いてくれ」

いつしか『鉄道員』コアファンになっている自分。
自分の得意分野が一つ増えました。

残念ながら、事細かに遅読を説明したくても
作品の文章をここに掲載する訳にいきません。
上記の様な方法で『鉄道員』を読んでみて下さい。

続いては

『Story Seller』伊坂幸太郎他 新潮社ストーリーセラー編集部/編 新潮文庫

です。


こちらはオムニバスです。
知り合いに有川浩さんがいますが、別人です

伊坂さんは父の知り合いという事もあり、なんだか親近感が沸いておりますが
今回が初・伊坂幸太郎。

じっくり拝見させて頂きます。

冒頭の文を読む。

「山手線の駅を降り、北東の方角を目指しながら……」

なんという事だ、山手線って。

これは架空ではない。
すでに俺の知っている山手線と書いてある。

何処の駅だろう。

「ガードレールに囲まれた細い歩道を……」


大手町か?

「坂道に出る……」


五反田かも。

やるな、伊坂幸太郎。

読者が鉄道好きという事を逆手に取り
混乱させる気だな。

実はこの作品、山手線の色んな駅が名前を出さずに登場します。
物語自体も推理モノなのですが
伊坂さんと僕の推理勝負が絶えず行われます。

駅が登場する度に
暫定で駅名を特定し
読み続ける。
そして駅の新しい情報が登場する度に駅名を変更。

駅名を記した僕のノートが真っ黒になる。

やるな、伊坂幸太郎。

ちなみにこの作品
勝手にシックス・センス方式で読ませて頂きました。

先に最後のページを読んでから
読み始めるという方式です。

映画『シックス・センス』がそういう作品なので、
そう名付けさせてもらいました。

最後の一文を紙に書き
それを見ながら、読み始めるのです。
映画のキャッチコピーともなりうるラストの一文をヒントに
最初から読む。
予告編を見る様な感じで面白いです。

作者の意図には反しているので、亜流の方式ですが。

伊坂さんならこういうかも知れません。
「土屋さんとこの息子さん、ちょっと面白い視点をしているねぇ」

作者もニヤリの
新しい楽しみ方を発見出来るかも知れません。

続いては

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國香織 集英社文庫


こちらが江國さんの作品
句読点がとても活きている表紙ですな

こちらも素敵な表紙である。
女性らしさがタップリだ。

この作品は『鉄道員』と同じ集英社文庫。
幾分、江國さんの方がページ数は少なめだ、
すると価格はどうですか?

457円。

ちゃんと鉄道員より低価格です。

集英社文庫の真面目さに乾杯。

ちなみに表紙を開くと、大概、著者近影が載っています。
作者が女性の場合は、似顔絵も書きません。
ネットで、本当の著者近影も調べません。
それがマナーってもんです。

1ページ目をチェック。

ゆとりのある行間。
適度なフォントの大きさ。

なんだか読みやすそうだ。
遅読は空白があった方が創造しやすい。
なんて優しい人なんだ江國さん。

この小説は女性目線の恋愛小説です。

こういう時は
自分も女性になった気分で読む方がより入り込める。

僕は、勝手に収入は少ないが好きな仕事に就けている為に
仕事にやりがいを感じるも、トラブった時に寄りかかる事の出来る彼氏を欲している
モテなくもないが、そうモテる訳でもない女性になりきって読み始める。

一度読み終えたら、違う女性の設定で読み始めると、また違う面白さも発見できます。

大概、女性の恋愛小説は
エロい場面が豊富にある。
遅読とは想像が大事だ。
事細かに具体化し、妄想に置き換える。

電車の中で読む。


いかん、興奮してきた。

ここは残念だが、女性作家の恋愛モノの遅読は
車内では危険である。

一旦本を閉じ、心を鎮めて
帰宅後にもう一度、読み直そう。

それにしても、文字だけって、想像は自由だ。
最もエロい。

続いて

『O・ヘンリ短編集』O・ヘンリ 新潮文庫


O・ヘンリ。ゼロ・ヘンリではございません

こちらは教科書にも載る様な物語らしい。

そんな立派な作者なら、
先ずは人となりをネットで調べてから
作品を楽しませてもらおう。

O・ヘンリーを調べる。

ふむふむ……。

なんだかあまり良い人じゃないぞ。
作品の為なら、仲間もエンヤコラな感じの人だ。

まぁ、それだけ尖って作品に魂を込めた人の作品なのでしょう。
それはそれで楽しみです。

似顔絵を書いてから、著者の写真を拝見。

ヒゲが無い!

人柄を考えたら、絶対ヘンリーは
董卓(とうたく)の様なヒゲを蓄えていると思って確信していましたが、
ツルツルだ。

これは一筋縄ではいかないかもです。
恐るべし、ヘンリー。

ページを開く。

おぉ、文字が多い……。
行間も狭い。

麻雀は人を表すと言いますが、
小説の行間も同じです。
会った事も、話した事も無いですが、

「ヘンリーっぽいなぁ」

そう思わずにはいられない。

読み始める……。

なるほど、こいつはひねくれ者だ。
我々読者に想像する余地をまったく与えない文章です。
お前を土俵になんて上がらせるかと思っているに違いない。


おかげでスラスラ読める。

O・ヘンリーさんに伝えたい、

悔しいが面白かったぜ。

最後は

『歪笑小説』 東野圭吾 集英社文庫


東野圭吾さん作品。年間の仕事量はどれくらいなのでしょうか

売れっ子作家さん
東野圭吾さんの作品です。

実は以前、
東野さんの作品を本屋さんで初めて目にした時

ミュージシャンの東野純直さんが
書いている作品だと
ずっと勘違いしておりました。

「純直さんもマルチだねぇ」
と感心していたものです。

読み始めます。

……


わたくし、
遅読すら出来ず
のめり込んでしまいました。


東野圭吾さん恐るべし。

本は文字だけだから面白い。
でも表紙もあるから、めくる時の音もあるから
著者近影もあるから、行間もあるから面白い。

そう思って楽しむと
何度も何度も楽しめます。
するといつしか愛情深く、本を愛してしまう事に。

そうすれば、もうその本を中古屋さんに売る事はありませんね。
ずっと手元に置いておいてくださいね。
いち作家からの
チュウコくです。

ではでは土屋礼央でした。


そろそろ僕も次作を……