自由に旅を/前島亜美「まごころコトバ」㉖

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公開日:2022/4/15

前島亜美「まごころコトバ」

 家族旅行というものをしたことがなかった。

 親戚もほとんど埼玉にいたため、初めて県外に出たのは芸能界で仕事を初めてからだった。

 東京へオーディションに行き、合格。初めての地方の仕事は愛媛県だった。

「あの、パスポートっているんですか?」

 中学一年生、飛行機に乗る時に何が必要なのかわからず、マネージャーに真剣に聞いたのを覚えている。

 空港の雰囲気にドキドキし、飛行機の気圧に驚き、知らない場所に来たのだという感動に胸が弾んだ。幼かった私の“自分の知る世界”が一気に広がった瞬間だった。

 仕事で地方に行く時は、チケットの手続きなどすべてが完了された上で、マネージャーやスタッフと一緒に移動だったため、わからないことはその都度、教えてもらいながら、安心して経験を重ねることができた。

 気づけば飛行機も新幹線も、海外への移動もなんなくできるようになっていた。

 数年の時が経ち、2017年春、ソロ活動への準備期間として、初めてゆっくりした時間がとれた。

「一人旅、してみようかな。」ふと思った。

 それまでの私は、活動の中でまとまった休みをもらっても、喜びよりも、ピタッと仕事がなくなることへの恐怖や焦りの方が勝ってしまい、休日を楽しく過ごしたり、旅行をしたりなどができないタイプだった。

 加えて、仕事で遠征をしたとしても、自由時間がなかったため、あらゆる県へ足を運んではいても、街の雰囲気や観光名所など、知らないことばかりだった。

 仕事でソロ活動という新たな選択をしたばかりで、環境の変化に不安も多いが、人生のひと区切りでもある今なら、いろんなものを心新たに楽しめるんじゃないか。

 知らない場所へ足を運び、新たな景色を見ることが今の私には大切なのではないかと思い、初めての一人旅をすることにした。

 どこへ行こうか。悩んだ末に選んだのは、昔から憧れが強く、何度か訪れた際、街並みに惹かれていた京都だった。

 初めて自分で新幹線のチケットを買った。いつも移動の手段として何気なく受け取り、使っていたチケットは、自分で購入するととても特別なものに思えた。

「こんなにお金がかかるんだ」と思いながらホテルの予約も済ませ、旅当日、新幹線に乗り込んだ。

 仕事じゃないのに新幹線に乗ってる。私にとっては不思議な感覚だった。

 具体的にどこへいこうか、あまり考えていなかったため「京都」と書かれた旅行雑誌を買ってみた。新幹線に揺られながら、行きたい所にふせんをつけてみる。

「遊ぶ」や「楽しむ」に積極的になった経験がなかった。修学旅行にもほとんど行けなかったからか、今からなんでも自由に過ごせるんだという事実に、自分が予想していた以上にワクワクしていた。

 到着した京都には、綺麗な桜が咲いていた。

 旅行雑誌を片手に、嵐山 渡月橋、金閣寺、寺田屋、伏見稲荷大社、錦市場などザ・観光という場所をまわった。

 焼きたてのおせんべい、大行列のわらびもち、食べてみたかった抹茶ソフト。屋台で買ったほとんど氷だったいちご氷でさえも、すべてがキラキラして見えた。

「どこから来たの?」「ここがおすすめだよ」

 お店の店員さんや、タクシーの運転手さんと交わす何気ない会話も、私の心を癒すものだった。

 もう二度と会えないかもしれない人の優しさ、まごころは、どうしてあんなにもあたたかいのだろう。一期一会の出会いも、旅行の素敵な点だと思った。

 一人で何も考えず観光する。一人旅は、とても私の性に合っていた。

 あっという間に過ぎた一日、純粋な感動と幸せをいっぱいに抱え、この気持ちを忘れたくないと、夜な夜な日記を書いたあの時の気持ちを、ずっと忘れたくないと思う。

 たった1泊2日の旅だったけれど、自分で計画して、初めての場所に飛び込んでみたことで、まだ自分の知らない素敵な世界が、この世にはたくさんあると知ることができた。

 そこへ自由に手を伸ばせること、足を運べること、自由に幸せを堪能できることは人生の喜びだと感じた。

 あの時、勇気を出して行動したことで、自分が感動を得られる選択肢を知れたというのも、今の私の大きな支えになっている。

 この世界にある素敵な街とそれぞれの日常を、これからもなるべく多く知り、なるべく多く感じていきたいと思った。

第27回に続く

まえしま・あみ
1997年11月22日生まれ、埼玉県出身。2010年にアイドルグループのメンバーとしてデビュー。2017年にグループを卒業し、舞台やバラエティ番組などで活躍。またアプリゲーム『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』(2017年)でメインキャストの声を演じ、以後声優としても活動中。

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