「どんどん妄想をしよう!」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 勝手に開催!国づくり緊急サミット

名越康文

2012/11/5

思想家・内田樹、精神科医・名越康文、小説家・橋口いくよの三氏が語り合うダ・ヴィンチ本誌人気連載「勝手に開催! 国づくり緊急サミット」。現在発売中の本誌12月号(11/6発売)では、「夢の実現法」について、語り合っていただきました。WEB版では、本誌の続き「どんどん妄想をしよう!」を公開。本誌と電子ナビ、あわせてお楽しみください!!

文=橋口いくよ 写真=川口宗道

橋口 本誌のほうでは、つきたい仕事につくため、夢を実現させるためには、体感を伴うほどに未来を細かく想像し、けれども幻想の域には出ないこと、というお話になりました。そこで思ったのですが、妄想はダメですか?

内田 妄想はどんどんしたほうがいいよ。前にね、神戸女学院大学の卒業生の同窓会に呼ばれて行った時「結婚したいんですけど、そのためには一体どんな努力をしたらいいんでしょう」って訊かれて、僕はとっさに「妄想しなさい」って答えたの。とにかく未来の配偶者について、うんと細かい妄想をしなさいって。

橋口 彼氏の段階の妄想からじゃないんですね。もう配偶者という状態からの妄想。

内田 そう。単純に身長が何センチで、年収がいくらとかいうことじゃなくて、もっと細かいところを妄想するの。どういうような家に住んでいて、家具や調度品がどんな感じで、どんな本が並んでいて、どのような食器で食事していて、どんな声で喋って、どこで並んで一緒に空見てるかとか……。

名越 包丁の持ち方とか。

橋口 目玉焼き出す時、硬めよりも、半熟がいいって言われるとか。

内田 そうそう! とにかく、そういう細かいことを無限に、うんと精密に妄想しなさいって。妄想の数が増えれば増えるほど、その人と出会うチャンスが絶対増えるわけだから。「あ、この人! 目玉焼き半熟がいいって言った!」って瞬間がやってきたら、この人が運命の人だって思うわけですよ。

名越 妄想を全部なぞっていくんじゃなくて、ある瞬間に一つの類似性があるだけでいいんですよね。

内田 うん。ほんとちょっとした部分でいい。「トイレの置き本に『細雪』と『SLUM DUNK』が並んでる人」みたいな細かいことを妄想してたら、たまたま訪ねた相手の家に本当にあったら「ああ、この人が運命の人だ!」と思うじゃない。

名越 絶対に思ってしまいそう。

橋口 しかもそこに無限の可能性を感じてしまう。トイレになくても、普通に本棚にあるだけでも、あれとあれをトイレの置き本にすることだってあるだろうなって思っちゃう。もう、そこでまたひとつ、体感を伴う妄想が生まれるっていうか。

内田 妄想は大量にすればするほどそれが現実化する可能性は高まる。

名越 たくさんの妄想の中のひとつが、どっかでかぶってくるというね。

内田 だって身長175センチで年収1000万というような数値的条件だけで探していたら、そんな人は何人もいて具体性がないから「絶対この人だ」とは思えないでしょう。そういう条件の人の人と知り合った後に、「身長174センチで年収1100万円の人」が出てきたら、どっちにしたらいいかわかんなくなるじゃない。だから、個体識別できる手がかりって具体的で細かいとこなんだよ。声とか手触りとか匂いとか。具体的な細部を想像しておくと、その中のたった一つでも一致すると、一気に結婚までいける。

橋口 結婚にしろ、仕事にしろ、色々と妄想するって、逆に可能性を狭めることだと少し勘違いしてました。あれもこれも一致してないとダメ、叶ってない……これも違うあれも違う、妄想と全部一致しなきゃってね。それは中途半端な数の妄想や想像だから、そんなこと思うんですよね。妄想の数が圧倒的に増えれば、その中の一点に出会っただけで、可能性が一瞬で広がるってことだったんだ。

内田 妄想と現実が一致したら、一気に走っていけるじゃない。チャンスって誰にでも訪れるんだけれど、チャンスを見逃す人って、そこで足踏みしてるんだよ。ほんとうにこれを選んでいいんだろうか、もうちょっと待っていると「もっといいもの」が出てくるんじゃないかなって。でも日頃の妄想と細部が一致したら、ぜったい逡巡しないからね。

橋口 願い事や夢は、具体的に描いたら叶うっていう言葉は、いろんなところでよく聞くけれど、その奥には、そういう秘密があったんだ! 願掛けとかジンクスみたいなことじゃなくって、実はすごく現実的な理由だったんですね。