SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第10回「ぱぱー」

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公開日:2022/4/27

 基本的に音楽のことであればある程度の応用は利くタイプである。元来そうであったわけではなく、時間と経験を重ねた結果のもの。志した当初のことを考えると、よくもまアぬけぬけと応用の利くタイプ、などと自分で言えたもんだとも思うのだが、長く続けさせて頂いていると否が応でもそうなってくる。どんなに柔らかい手であってもペンを握り続ければペンだこが出来る、その類のものだ。

 しかしながら、どうにも対処できなかった事案が過去に一つあり、それは今でもトラウマのように記憶に残っている。三年以上も前のことになるのだが、三年以上経過した今の自分であっても対処出来る自信は毛頭ない。不可抗力とでも言うのだろう、あれは天変地異に近い。

 

 我々は初のホールツアーを回っていた。満員御礼の数々の会場を見る度、まさか自分たちがこんな景色を見る日が来るなんて、と感慨深くなる日々だった。

 結成してからずっとライブハウスに軸を置いていたため、ホールというものが果たしてどういったものなのか皆目見当もつかなかったのだが、実に素敵なものだった。ライブハウスとの大きな相違点は座席があることだが、その結果、幅広い年齢層の方が足を運んでくれるということがわかった。見やすく、何より安心して観賞ができる環境では、普段ライブハウスに足を運んでくれる年齢層に加え、そういった方の親御さん、延いてはお子さんに至るまで様々な顔を見ることが出来る。ホールのフロアはライブハウスとは違った側面の、なんとも心温まる魅力があった。

 その日も某土地、某ホール。ライブも終盤に差し掛かり、目の前の光景にグッときていた。あと数曲を残したところでMC。この日の感謝、これからの展望、話し出すとキリがない。一階二階三階、どこを見ても素敵な表情を浮かべる顔。良い日だなアと各所見渡し手を振ったその時だった。

「ぱぱー」

 ちびっこの声が響いた。

 あまりに絶妙な間だったため会場が一旦静かになった。ありとあらゆる視線が声がした方に向いている。両翼に少し張り出した二階席だった。

 あ、これ、なんか、まずくね? と思った。何故なら丁度そこに向けて手を振ったタイミングだったからだ。突拍子もない間で響いた「ぱぱー」ならまだしも、私の目線も行動も伴っていたのだから、そりゃ私に向けられた「ぱぱー」だと誰しもが思うだろう。意味深長だ。ちなみに、ことわっておくが私は独身である。そして子供はいない(はず)。したがって渋谷ジュニアではない。

 ちなみに私は知っていた。あの場所に幼い男の子がいることを。ご家族で観に来て下さっているのをライブの序盤で既に確認出来ていたから、確信的に手を振ったのだ。

 唾を飲み込む。背中を一筋、汗が伝った。

 しかし、瞬時に思い至った。

 ちびっこのところに視線が集まっているのは逆に好都合ではないか、と。何故ならあそこにはご家族がいらっしゃるのだから。ちびっこと、お母さんと、そして本当のぱぱーが。この騒動の真相は一目瞭然だ。

 何も恐るるに足らん。余裕を取り戻した私は再び張り出した二階席に目を向けた。

 ちびっこ確認。

 お母さん確認。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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