寺島惇太「拝啓、日陰から」⑦陰キャと飲み会

　みなさん、飲み会してますか？ ここしばらくはコロナ禍の影響もあり、大人数での飲み会がなくなりましたね。世の中の陰キャはきっと、それに安堵していることでしょう。ええ、ぼくもです。だって、仕事付き合いの飲み会、めちゃくちゃムズくないですか？！

　洋画の吹き替えやアニメの収録の現場終わりには、結構な頻度で飲み会が開催されます。（コロナ前でもすでに減少傾向でしたがそれでも他の業種に比べて飲み会は多い方だと思います。）そのとき、「若手がお店を探し、点呼を取り、予約する」のが声優界のルール。特にぼくの事務所には、厳粛な縦社会である「吹き替え」の世界で育った先輩が大勢所属しているため、若手が飲み会を仕切るのは事務所の伝統になっています。

　でも、陰キャなぼくはそれがなかなかの難題で……。そもそも学生時代から飲み会には縁遠かったこともあり、先輩が参加する飲み会での作法なんて身についていないわけです。なのでデビュー当初は飲み会に参加してもどうやって動けば良いかわからずただオタオタしていました。しかし、しばらくすると噂が流れます。「寺島、飲み会で動かないってよ」と…。あのケンユウオフィスなのに！「飲み会で率先して動く有能っぷりでディレクターや先輩から可愛がられて現場のムードメーカーになる若手が多い」でお馴染みの事務所（語弊あり）なのに動かない？！そしてある日言われました。「寺島くんってケンユウオフィスっぽくないよね…。」
オーマイガッ。

　これはまずいぞと思いそこから必死に生存戦略を考えました。そこで身につけたのが、「なんかよくわからないけど、あいつ、一生懸命動いてるな」と思わせる技でした。

　たとえば、飲み会のスタート時にバッと仕切って「はいはい、みなさ～ん！ まずはなに飲まれますか？」なんて声をかけることは絶対にできません。いきなり大きい声で大勢に呼び掛けるってハードル高いし「お前、誰だよ」なんて思われたら嫌じゃないですか。でも、なにもしないわけにはいきません。そこでぼくが見つけたのは、店員さんが運んできた飲み物を受け取り、一人ひとりに配って回るポジションです。これなら恥ずかしくないし、目立たない。それでいて、ちゃんと役に立ってる感を出せる！ え？ せこいって？ 仕方ないじゃないですか！ 全員を取りまとめるなんて、そんなそんな……。

　それと、陰キャだからといって、話の輪に加わらないのはNGです。隅っこでポツンとしていると悪目立ちしてしまうし、「あいついると盛り下がるわ」なんて言われてしまいます。かといって、率先して話を振るのは難しい！ じゃあどうするのか。トークを回してる中心人物を見つけたら、そっとそのグループに近づきます。このとき、決して中心に近づきすぎてはいけません。かろうじてグループに混ざっている、ギリギリのラインをキープ。そして笑いが起こったら、一緒に手を叩いて笑うのです。話の内容がわからなくたって関係ない。とりあえずみんなが笑っていれば笑っておきます。そうすると、仮に遠くから先輩に見られていたとしても、「おお、寺島もちゃんと交流してるんだな」と見せることができます。まさに、陽キャの威を借る陰キャです。

　飲み会で目立ち、偉い人と仲良くなることで仕事が得られる。つまり、飲み会は売れるためのチャンスである。そういう考え方もあるでしょう。もちろん、仕事は縁なので、そういうつながりも大事。でもぼくは、あまりそれが合っていないというか、そもそも陰キャすぎてやろうと思ってもできません。しかも仮にそこで仕事を貰えたとしても、実力が伴っていなければ意味がない。むしろ、「あれ、こいつ飲み会では調子良かったのに肝心の演技が下手じゃん」と思われてしまったら、その後のキャリアにも響くからです。なのでぼくは、飲み会に積極的に参加するよりもまずは、声優としての腕を磨くことに一生懸命になりました。実際、そういう先輩もいます。飲み会にはまったく来ないけど、実力があるから第一線で活躍する。それってめちゃくちゃ格好いいですよね。

　だからぼくも、いつかはそうなりたい。そして胸を張って飲み会に参加できるような良い仕事ができたら、たま～にこっそり飲み会に参加する。そうしたら、「お、今日は珍しく寺島が飲み会に来てくれたぞ！」となるじゃないですか。目指すは飲み会におけるレアキャラです。

構成協力＝五十嵐 大