実験【「と」大会】/月夜に踊り小銭を落として排水溝に手を伸ばす怪人⑧

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/16

 周囲になじめない、気がつけば中心でなく端っこにいる……。そんな“陽のあたらない”場所にしか居られない人たちを又吉直樹が照らし出す。名著『東京百景』以来、8年ぶりとなるエッセイ連載がスタート!

 子供の頃から眠る前に電気を消して、真っ暗な部屋の中で自分勝手にいろんなことを想像するのが好きだった。架空のサッカーチームを作ってみたり、この世にない映画の筋を考えてみたり、想像上の大会を開催して誰が優勝するかを一人で順番に戦わせてみたりする。そのまま考えながら眠れることもあるが、展開が盛り上がると興奮して目が冴えてしまうこともあった。

 大人になってからも、疲れ切っていない限り、何かしら考えて眠ることにしている。たまに驚くほど面白いことを思いついたような気になるが、翌朝には何も覚えていないか、記憶が残っていたとしても無駄な戯言ばかりなのだが。

 今回はその感覚を再現して書いてみることにした。都大会ではなく、「と」大会。眠れない夜にでも読んでいただけると、自然に睡魔を招喚できるかもしれない。

≪ベスト16≫
●第1試合
人事部とヘッドバンギング
恋と立ち漕ぎ

●第2試合
紅葉と紅茶
一輪車と将軍

●第3試合
頓珍漢とお赤飯
髑髏と万国博覧会

●第4試合
引き出物と劣等感
裸電球とアン・ハサウェイ

●第5試合
正義感と暴力
マラドーナとスーパーカー

●第6試合
雨と古い映画
マウスピースとフードファイター

●第7試合
学校指定ジャージと宇宙旅行
お食事処ととんぼ

●第8試合
サービスエリアと孤独
ヌンチャクと大声チャンピオン

~ 結果発表 ~

●第1試合
×人事部とヘッドバンギング
〇恋と立ち漕ぎ 
「人事部とヘッドバンギング」は人材を管理する能力と狂乱というアンバランスな組み合わせで優位に試合を進めたが、最終的にはそんな攻撃なんて何も見えていない「恋と立ち漕ぎ」による、『明日、あの人に会えるかもしれない』と無邪気に夢想しながらの両膝を美しく伸ばした見事な立ち漕ぎによって敗れた。

●第2試合
×紅葉と紅茶
〇一輪車と将軍
「紅葉と紅茶」は、そっくりな字面で相手を惑わすことに成功したが、紅葉の鮮やかさも紅茶の良い香りも、「一輪車と将軍」に好影響を与えてしまった。それらを将軍は自分へのおもてなしと捉え、潜在意識の深くに潜ることで、かつてないほど巧みに一輪車を乗りこなし勝利した。

●第3試合
×頓珍漢とお赤飯
〇髑髏と万国博覧会
「髑髏と万国博覧会」の圧勝だった。「頓珍漢とお赤飯」は終始頓珍漢で話にならなかった。

●第4試合
〇引き出物と劣等感
×裸電球とアン・ハサウェイ
明滅する裸電球の下で佇むアン・ハサウェイはこの世のものとは思えないほど美しかったが、引き出物を開封することすらできない劣等感に惜敗した。

●第5試合
×正義感と暴力
〇マラドーナとスーパーカー
試合にならなかった。スーパーカーで走り回るマラドーナは最初から正義感や暴力を超越した存在だったし、数え切れないほどの正義感や暴力を抑え込んできた歴史を持つからこそマラドーナであるということを再認識させてくれた。

●第6試合
〇雨と古い映画
×マウスピースとフードファイター
優勝候補筆頭である「雨と古い映画」の登場。チャーハンを炒める音だと勘違いした「マウスピースとフードファイター」が振り返ると、そこに、「雨と古い映画」が静かに立っていた。それはチャーハンを炒める音ではなく雨音だったのだ。「マウスピースとフードファイター」は米粒一つ食べることができず空腹のまま敗れ去った。

●第7試合
〇学校指定ジャージと宇宙旅行
×お食事処ととんぼ
今大会で最も長閑な試合になった。とんぼが止まったお食事処の店内は暗く、学校指定ジャージは宇宙旅行の夢を見ていた。どちらの声かも判然としない、「おかえり」と「ただいま」が交錯した後、観客には勝敗がわからなかったが、「お食事処ととんぼ」が、「学校指定ジャージと宇宙旅行」の右手を高々と天に挙げた。

●第8試合
〇サービスエリアと孤独
×ヌンチャクと大声チャンピオン
「サービスエリアと孤独」は友達と来た時の楽しさとは裏腹に一人で来た時のサービスエリアの怖さをこれでもかと見せつけた。一人だとアメリカンドッグさえも全く食べる気になれないのだ。一方で大声チャンピオンはヌンチャクに集中し過ぎたため小声になってしまい自滅してしまった。

≪準々決勝≫

●第1試合
恋と立ち漕ぎ
一輪車と将軍

●第2試合
髑髏と万国博覧会
引き出物と劣等感

●第3試合
マラドーナとスーパーカー
雨と古い映画

●第4試合
学校指定ジャージと宇宙旅行
サービスエリアと孤独

~ 結果発表 ~

●第1試合
〇恋と立ち漕ぎ
×一輪車と将軍
奇しくも車輪対決となった。「一輪車と将軍」は素晴らしいパフォーマンスを見せたが、「恋と立ち漕ぎ」は恋に夢中になることによって革命家のようにロマンを求めるようになり、権力者である将軍に対しても臆することがなかった。その恋の想いの強さに一輪車はバランスを崩し将軍は地に足を着けることになった。

●第2試合
〇髑髏と万国博覧会
×引き出物と劣等感
哀しみを背負った者同士の戦いだった。どちらも瞬間的な感情ではなく、過去から未来にかけて持続する哀しみという共通項があった。ただし、「引き出物と劣等感」が持つ哀しみの時間と、「髑髏と万国博覧会」が持つ哀しみの時間とでは規模があまりにも違い過ぎた。「引き出物と劣等感」の哀しみを軽んじているわけではない。「髑髏と万国博覧会」の闇のパビリヨンの一つを覗いた「引き出物と劣等感」はそこに自分の姿を見た。「髑髏と万国博覧会」が抱える数え切れないほどのパビリヨンすべてにあらゆる種類の哀しみがあることを悟った「引き出物と劣等感」は潔く負けを認めた。「髑髏と万国博覧会」は『私の勝利はキミの勝利でもある』という言葉を彼に送ったが、「引き出物と劣等感」はその優しさに当然劣等感を抱くことになった。

●第3試合
×マラドーナとスーパーカー
〇雨と古い映画
「マラドーナとスーパーカー」は観客を最も盛り上げた。しかし、それは古い映画の中での話であった。「マラドーナとスーパーカー」の姿が消えた後、我々は雨音を聞きながらエンドロールに小さく映るマラドーナのドリブルを眺めることしかできなかった。

●第4試合
〇学校指定ジャージと宇宙旅行
×サービスエリアと孤独
「サービスエリアと孤独」は「学校指定ジャージと宇宙旅行」に教えられることになる。いついかなる状況に置かれたとしても想像力さえあれば、なんでもできるのだということを。大人は車に乗ってどこにでも行ける。子供は学校帰りに宇宙に寄れる。それが楽しさを伴うのだから無敵だろう。

≪準決勝≫

●第1試合
恋と立ち漕ぎ
髑髏と万国博覧会

●第2試合
雨と古い映画
学校指定ジャージと宇宙旅行

~ 結果発表 ~

●第1試合
×恋と立ち漕ぎ
〇髑髏と万国博覧会
見ようによっては残酷な試合になった。ほとんどの観客は、「恋と立ち漕ぎ」の勝利を期待していた。だが、「髑髏と万国博覧会」は立ち漕ぎが疲れるまで待ち続けた。その圧倒的な衝動が覚めるのを待った。ようは恋が終わるのを待っていたのである。そして、報われなかったその恋も、綺麗な立ち漕ぎも、新たなパビリオンにコレクションされることになってしまった。しかし、試合後も会場からは、「恋と立ち漕ぎ」コールが鳴りやまなかった。

●第2試合
<無効試合>
雨と古い映画
学校指定ジャージと宇宙旅行
両者譲らずに膠着状態が続いていたが、昨年度の優勝により殿堂入りを果たした、「月と散文」が会場に来てしまったため、空に月が出て雨がやんでしまった。抗議の意味もあり、「雨と古い映画」は古い映画のみで戦いを挑んだが、映画の中の月を技として放つ前に、『古い映画で月が映る場面って、脚本家が、ココで月!とか指定しているのかな?』というゆるめの散文によって抑え込まれてしまった。そして、「学校指定ジャージと宇宙旅行」は授業中に書いたノートと月の間に挟まれて眠ってしまった。決勝では、この戦いの勝者と「髑髏と万国博覧会」が戦う予定だったが、それも中止になった。競技場の中央で、見学に来ていた「髑髏と万国博覧会」と「月と散文」は互いに向き合ったが、戦うことはなかった。

 とここまで書いてみた感想だが、途中から頭がおかしくなりそうだった。この戦いのルールがわかる人がいたら教えていただきたい。ずっと何を書いているのか自分でもよくわからなかったが、準決勝くらいからそれぞれの言葉に愛情が生まれてしまい、どの言葉も負けさせたくなかったので、無理やり「月と散文」を乱入させて優勝者を決定しないようにするつもりだったが、「月と散文」という言葉にも強い思い入れがあるので、思わず大切に育てていたはずの、「雨と古い映画」を抑え込んでしまいました。こんなにも没頭してしまうなんて危険な実験だった。

(ここで掲載する原稿は、又吉直樹オフィシャルコミュニティ『月と散文』から抜粋したものです)

<次回は6月の満月の日、14日の公開予定です>

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又吉直樹(またよしなおき)/1980年生まれ。高校卒業後に上京し、吉本興業の養成所・NSCに入学。2003年に綾部祐二とピースを結成。15年に初小説作品『火花』で第153回芥川賞を受賞。17年に『劇場』、19年に『人間』を発表する。そのほか、エッセイ集『東京百景』、自由律俳句集『蕎麦湯が来ない』(せきしろとの共著)などがある。20年6月にYouTubeチャンネル『渦』を開設