恋バナはランチにも勝る“ごちそう”! 友人の恋の悩みとは?/5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール①

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

著:橘つばさ、桃戸ハル、絵:かとうれい著の小説『5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第1回です。全編、意外な結末で大人気の「5分後に意外な結末」シリーズ。今回は、恋と友情をテーマにした女子高生3人の青春ストーリーをお送りいたします。恋の悩みを抱えている人や恋愛真っ只中の人、感情移入したい人にぴったりの青春小説。『5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール』で、キュンとしたり、意外な結末にドキッと驚いたり、様々な感情をお楽しみください。詩都花、エミ、紗月の3人は中学からの友人。3人がいつものように集まり、屋上でランチを食べていると、すみっこのベンチにひとりでいる友人の瑞穂を見つける。思いつめた表情をしている瑞穂の話を聞くことに。

5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール
『5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール』(橘つばさ、桃戸ハル:著、かとうれい:イラスト/学研プラス)

プロローグ

 昼休みを告げるチャイムが鳴り始めた。鳴り終わる前に、なんとか授業に区切りをつけようと、数学の教師が数式の続きを、ものすごい勢いで黒板に走り書きする。すでに自力で答えを導き出していた詩都花は、あれを解読するのはちょっと大変だろうな……と、クラスメイトたちの苦労を──そして、あとで自分が言われるであろうセリフを想像して、かすかに苦笑した。

「詩都花ちゃーん、お昼いこー」

 教科書とノートを片づけていた詩都花のもとに、ピョコピョコとエミがやってくる。エミは高校2年生のわりに小柄で、ちょこまかとしたその動きはリスやハムスターといった小動物をイメージさせる。いつもと同じように癒された詩都花は、思わず微笑みを浮かべた。

 エミは、ドングリを手に持つリスのように、ポップな花柄の弁当包みを抱えている。今日の弁当も、いつものように彼女が手作りしてきたものに違いない。詩都花のほうは、母が作ってくれた弁当を手に席を立つ。今日は火曜日なので、屋上で食べる日だ。

「エミ、さっきの最後の数式、ノートとれた?」

「うーん、ちょっとヤーさんの字がね……。あとで詩都花ちゃんに教えてもらおうと思って、写すのあきらめちゃった」

「ヤーさん」というのは、さっきまで2人のクラスで授業をしていた、数学教師のことである。ヤーさんは、やせ形で強面な30代の男性教師だ。サングラスをした彼が、異様に車高の低い黒い車に乗っているのを生徒の誰かが目撃したとかで、そう呼ばれ始めたらしい。つまり、「ヤクザ」の「ヤーさん」である。

 その顔つきから誤解されることが多いが、性格は温厚で、家庭では奥さんに頭が上がらないというから、つくづく、人は見かけで判断してはいけないと思う。

「だから詩都花ちゃん、あとでノート借りてもいい?」

 両手を顔の前で合わせたエミに拝まれて、詩都花は軽く「いいよ」と応じた。うなずいた拍子に、背中の中ほどまであるストレートの黒髪が、窓からそそぐ陽の光にきらめく。「この黒髪が大和撫子っぽいよね」と言って、詩都花に昭和チックなあだ名をつけたもうひとりの友人も、今、屋上に向かっているところだろう。

「さすが、学級委員長は頼りになるなぁ。テスト前も、詩都花ちゃん様様だもん」

「おだてたって、何も出ないわよ」

「そんなんじゃないよ。何か恩返しできないかなって、いつも思ってるんだから」

「そんなの、気にしなくていいわよ。……あっ、でも、それじゃあ教えるかわりに、今度お弁当作ってきてもらおうかな」

「なんだ、そんなの楽勝だよ! 妹の分も作ってるから、2人分も3人分も変わらないし」

 そんなことを話しているうちに屋上に着く。いくつかあるベンチはすでにほかの女子グループやカップルに占拠されていた。どこか適当な場所が空いていないかと探したが、結局、コンクリートの屋上に、直接座ることになった。スカートがヨレないように腰を下ろし、2人して弁当箱を広げる。

「わー、詩都花ちゃんのお弁当、相変わらず豪華だねぇ。エビフライと、アスパラの豚肉巻き? 主役が2人いるー」

「そんなこと……。エミの玉子焼きのほうが、おいしそうだよ」

「ほんと? じゃあ交換する?」

「えっ、いいの? ありがとう」

 そのとき、詩都花ともエミとも違う声が割って入ってきた。

「まー、キラキラしちゃって。ここだけ女子校かと思ったわ」

 同時に顔を上げた2人に、3人目のメンバー──紗月が健康的な笑みを返す。やっとそろった、と、詩都花とエミもにこやかな表情で紗月を迎え入れた。

 桜木詩都花、森エミ、宮野紗月の3人は、同じ中学に入学して知り合った。もう高校2年生だから、そのときから始まった付き合いも今年で5年目になる。育った環境も性格も違うのに意気投合できたのは、むしろ環境も性格も、まるで違ったからかもしれない。

 詩都花とエミは同じ1組で、紗月だけが3組なので、こうして昼休みに日替わりで屋上や中庭や食堂に集まり、ランチを食べるのが決まりになっていた。

「遅かったじゃない、紗月」

「購買部が超混んでてさー。でも、カレーパンは死守したよ。タマゴサンドは売り切れてたから、もうひとつは妥協してクリームパンだけど」

 紗月はそう言うと、パンを手に詩都花の隣に腰を下ろし、牛乳のパックにストローをさす。きゅーっと、パックがへこむほど一気に飲んだかと思うとパッと顔を上げ、まくし立てるように言葉を吐き出した。

「もー、相変わらずマッドの話、長すぎ! チャイム鳴ってんのにメンデルの法則がどーたらこーたらって、ほんとメーワク。タマゴサンドが買えなかったのは、アイツのせいだ!」

「マッド」というのは生物の教師で、こちらは、「マッド・サイエンティスト」からとったあだ名である。彼は、授業終了のチャイムが鳴っても、キリがいいところまでずっと話し続けるため、生徒から悪評を買っているのだ。

 とくに、4時間目の授業がきちんと時間どおりに終わるかは、生徒たちにとって最大級に重要な問題である。授業が長引いて昼休みに食いこめば、購買部の人気商品は売り切れてしまう。カレーパンやタマゴサンドがその代表で、ひとつでも手に入れられた紗月は、まだ運がいいほうだ。

「マッドは、『遺伝子操作で食糧問題が解決する』みたいなことを言ってたけど、目の前の生徒が飢え死にしかけてるって、わかんないのかね!?」

 紗月は、ブツブツと不平をこぼしたあと、「ふんっ」と力任せにカレーパンの袋を開けた。「飢え死にしかけている人間が、どうしてそんな力を出せるのよ」という言葉が、詩都花のノドまでこみ上げる。しかし、もう怒りを忘れたのか、幸せそうにカレーパンを頰張っている紗月を見て、その言葉をそっと胸にしまうのだった。

 紗月が夢中になっているラグビーボール形のパンには、ゴロゴロと具の入ったピリ辛カレーが、たっぷり詰まっている。これを目当てに運動部の男子生徒が購買部に殺到するはずなのに、毎回しっかり勝ち取ってくる紗月は本当にたくましい。詩都花とエミは、毎度のように、そう感心するのだった。

『5分後に恋の結末 友情と恋愛を両立させる3つのルール』をAmazonで読む >


あわせて読みたい