益田ミリ、4年半ぶりの書き下ろしエッセイ!「金魚さん」 /小さいわたし④

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/16

子ども時代を、子ども目線でえがく。益田ミリ、4年半ぶりの書き下ろしエッセイ『小さいわたし』。幼い頃、胸に抱いた繊細な気持ちを、丁寧に、みずみずしくつづります。「入学式に行きたくない」「線香花火」「キンモクセイ」「サンタさんの家」など、四季を感じるエピソードも収録。かけがえのない一瞬を切り取った、宝物のような春夏秋冬。38点の描き下ろしカラーイラストも掲載!

小さいわたし
小さいわたし』(益田ミリ/ポプラ社)

金魚さん

「弱っているね」

 夜、ママが言った。

 飼っていた金魚の元気がなくなった。お祭りの金魚すくいでもらった赤い金魚。水槽の底のほうでじっとしている。金魚もかぜをひくのかもしれない。でも水の中だから熱が出てもおでこは熱くならないはずだった。

 朝になると金魚は動かなくなっていた。死んで水に浮いていた。眠っているようだった。なぜだかちょっと怖かった。

 金魚をティッシュで包んで小さな箱に入れ、学校へ行く前にお墓を作ってあげることにした。

 金魚が死んで悲しかったけれど、お墓を作るのは楽しみだった。

「天国に行くまでにおなかがすくかもしれないから、ごはんも入れてあげようね」

 ママが箱の中にエサを入れた。

「お手紙も入れてあげたら?」

 ママが言ったのでわたしは手紙を書くことにした。でも金魚には名前がなかった。金魚はずっと金魚だった。今から名前をつけても自分のこととはわからないかもしれない。

「なんて書けばいい?」

「なんでもいいんだよ。絵でもいいんじゃないかな」

 わたしは金魚の絵を描いて箱の中に入れた。金魚には友達がいなかったから、さみしくないよう他の金魚もたくさん描いた。

「この絵を天国で見たらいいからね」

 ツバキの木の下にお墓を作り、シロツメクサの花をお供えした。

 金魚さん、明日も来るよ。

 わたしは心の中で「金魚さん」という名前をつけた。

小さいわたし

<第5回に続く>

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益田ミリ(ますだ みり)/1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書にエッセイ『おとな小学生』(ポプラ社)、『しあわせしりとり』(ミシマ社)、『永遠のおでかけ』(毎日新聞出版)、『小さいコトが気になります』(筑摩書房)他、漫画『すーちゃん』(幻冬舎)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)、『マリコ、うまくいくよ』(新潮社)、『ミウラさんの友達』(マガジンハウス)、『泣き虫チエ子さん』(集英社)、『お茶の時間』(講談社)、『こはる日記』(KADOKAWA)他、絵本『はやくはやくっていわないで』(ミシマ社、絵・平澤一平)などがある。