益田ミリ、4年半ぶりの書き下ろしエッセイ! 「キンモクセイ」/小さいわたし⑥

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/18

子ども時代を、子ども目線でえがく。益田ミリ、4年半ぶりの書き下ろしエッセイ『小さいわたし』。幼い頃、胸に抱いた繊細な気持ちを、丁寧に、みずみずしくつづります。「入学式に行きたくない」「線香花火」「キンモクセイ」「サンタさんの家」など、四季を感じるエピソードも収録。かけがえのない一瞬を切り取った、宝物のような春夏秋冬。38点の描き下ろしカラーイラストも掲載!

小さいわたし
小さいわたし』(益田ミリ/ポプラ社)

キンモクセイ

 学校の帰り、道の端で友達がしゃがんでいた。

「どうしたの?」

「キンモクセイ、ひろってる」

 その子のてのひらにはオレンジ色の小さな花がのっていた。すぐそばに木があって同じ花が咲いていた。

「かいでみて」

 鼻を近づけて匂いをかいだ。

「いい匂いでしょ?」

「うん、いい匂い!」

 その子はランドラルから透明の小びんを取り出してキンモクセイの花を入れ、

「ほら、キンモクセイの香水」

 と言った。

 わたしも小さなびんにキンモクセイを入れたい。

 けれども家に小さなびんはなかった。

「これはどう?」

 ママが持ってきたのは化粧水が入っていたびんだった。

「もっともっと小さいやつだよ。ない? 銀色のふたがついてるやつ」

 ママはまたごそごそ探してくれたけれど見つからなかった。

「なにに使うの?」

「キンモクセイの花を入れて、それから匂いをかぐ」

 ママは「ああ、そうか、なるほどね」と腕組みした。そして、「いいこと思いついた」と言った。

「キンモクセイの花、ハンカチに包むといいんじゃない?」

 ママはたんすの中から新しいハンカチを出した。

「これに包んでリボンで結んだら?」

 本当は小さいびんがよかったけれど、それでもいい気がした。

 次の日、わたしはハンカチを持ってキンモクセイの木まで行き、砂が入らないよう花を拾った。家に帰ってリボンで結んだ。

「いい匂い。もう秋のはじまりだね」

 ママが匂いをかいだ。

「香水にしたらいいと思うよ」

 わたしが言うと、

「じゃあときどき貸してもらおうかな」

 ママが言った。

小さいわたし

<第7回に続く>

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益田ミリ(ますだ みり)/1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書にエッセイ『おとな小学生』(ポプラ社)、『しあわせしりとり』(ミシマ社)、『永遠のおでかけ』(毎日新聞出版)、『小さいコトが気になります』(筑摩書房)他、漫画『すーちゃん』(幻冬舎)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)、『マリコ、うまくいくよ』(新潮社)、『ミウラさんの友達』(マガジンハウス)、『泣き虫チエ子さん』(集英社)、『お茶の時間』(講談社)、『こはる日記』(KADOKAWA)他、絵本『はやくはやくっていわないで』(ミシマ社、絵・平澤一平)などがある。