ピースのアメリカ支部/月夜に踊り小銭を落として排水溝に手を伸ばす怪人⑨

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/14

 周囲になじめない、気がつけば中心でなく端っこにいる……。そんな“陽のあたらない”場所にしか居られない人たちを又吉直樹が照らし出す。名著『東京百景』以来、8年ぶりとなるエッセイ連載がスタート!

 相方の綾部祐二がYouTubeのチャンネルを開設した。

 早速、現在アップされているものをすべて確認した。真面目に語っているのになぜか笑えてしまうのが相変わらず面白かった。オープニングでは、ニューヨークのスタイリッシュな街並みが映し出される。綾部さんは黒いジャケットを着用し、サングラスを掛けている。自分が生まれた年と同じ1977年製のハーレーダビッドソンに乗り、ニューヨークの風を浴びながら軽快に走る。

 その姿を見て、芸風が全く変わっていないと思った。ピースとして初めて単独ライブを開催した20年ほど前から綾部さんはライブのオープニングVTRに強いこだわりを持っていた。恵比寿ガーデンプレイスの夜景の中でサングラスを掛けて、自分が持っているなかで最も上等なジャケットをはおった綾部さんは、「とにかく俺を格好良く撮ってくれ」と相方である私に注文した。私たちはコンビなのだから、一人だけが格好つけてVTRに映るのはおかしいはずなのだが、誰にも本気で言っている彼を止めることはできなかった。

 結局は、「まぁ、いいか」と諦め、綾部さんのイメージビデオのようなオープニングVTRを作った。完成された映像に私は少ししか登場しない。それでもライブ会場のお客さんはサングラスを掛けて格好つけている綾部さんを見て、楽しそうに笑っていた。それが綾部さんの芸風なのだ。

 YouTubeの映像のなかで、自由の女神を背景にして綾部さんが今後の活動を語る場面があった。拠点をニューヨークからLAに移すという。ハリウッド映画に出演することが一つの目標だと昔から語っていたので、いよいよハリウッドの近くに住むということなのだろう。その時に綾部さんが、「ニューヨークも好きだし、女神も好きなんですけど」と自由の女神を振り返りながら言っていたので笑ってしまった。5年もニューヨークに住むと、自由の女神のことを女神と呼ぶことになるのかと。自由の女神を、女神と呼ぶということを日本に置き換えてみると、東京タワーのことをタワー、スカイツリーのことをツリーと呼ぶようなものだろうか。大阪だと通天閣のことを、閣と呼ぶようなものだろう。

「セントラルパーク」という文字が胸にデザインされたパーカーを着て、セントラルパークで語る綾部さんは確かにニューヨーカーのように見えた。日本に置き換えると、「井の頭恩賜公園」という文字が胸にデザインされたパーカーを着て、井の頭恩賜公園で語るようなものだろう。ただし、綾部さんは自分の行動によって周囲の人がどのように感じるかということを先に予測したうえで、それがネガティブなものであったとしても基本的には自分の考えを曲げずやりたいことをやるという姿勢を貫いてきた。

「セントラルパークでセントラルパークのパーカー着てるやん」と笑われることなど当然分かり切っていて、それでもそれを着たいから着ているだけなのである。その一貫した姿勢を見ていると清々しい気持ちにさえなる。

 綾部さんに対して、「格好つけるな!」という言葉を投げることは、私に向かって「長髪!」と言っていることと同じくらいダメージがないことなのだろう。あらためて変人だと思った。

 YouTubeのなかでは私が知らない活動をする綾部さんの姿が沢山映されていた。言葉もままならない環境で新しいことに挑戦するということがいかに大変なことであるか想像するだけで怖くなった。

 10年程前、ロケでコートジボワールに向かう途中トランスファーで立ち寄った空港でスタッフとはぐれてしまったことがあった。次の飛行機までの時間も限られていたため、私たちは自力で次の搭乗口まで行かなければならない状況に陥った。

 その時も綾部さんは自分が知っている僅かな英単語を駆使して道を聞くなど孤軍奮闘していた。そういう時には私は一切役に立たない。言葉も話せないし、知らない人に話し掛けるのも苦手なので黙ってついていくことしかできないのだ。

 二人で走って搭乗口を探している時、いかにも優しそうで、いかにも道に詳しそうな外国人男性がいたので、綾部さんに「あの人に聞いてみたら?」と私が言うと、「俺も英語は話せねーんだよ!」と怒鳴られた。確かにそうだなと思った。なんとか搭乗口を見つけて無事にスタッフさんと再会できた私たちはようやく安心することができた。

 出発までマクドナルドでなにか食べようということになったのだが、海外のマクドナルドのハイテーブルが高過ぎて、背の低い我々は辛うじて鎖骨あたりをテーブルの上に出し、子供が背伸びして頑張って食べているような姿勢で食べた。

 綾部さんはYouTubeで語っていた内容を含めた膨大なインタビューを書籍化するらしい。

 来年はピース結成20周年の年になる。彼も、「ピースの日本支部、アメリカ支部」という言葉を使っていたが、日本支部もしっかりしなくてはとあらためて思った。

 まだ綾部祐二のYouTubeを観ていない人は、是非とも御覧ください。

(ここで掲載する原稿は、又吉直樹オフィシャルコミュニティ『月と散文』から抜粋したものです)

<次回は7月の満月の日、14日の公開予定です>

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又吉直樹(またよしなおき)/1980年生まれ。高校卒業後に上京し、吉本興業の養成所・NSCに入学。2003年に綾部祐二とピースを結成。15年に初小説作品『火花』で第153回芥川賞を受賞。17年に『劇場』、19年に『人間』を発表する。そのほか、エッセイ集『東京百景』、自由律俳句集『蕎麦湯が来ない』(せきしろとの共著)などがある。20年6月にYouTubeチャンネル『渦』を開設