「もう二度とライブなんて出ない」そう心に誓い、ギターに一切触れないまま数年が経ち…/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

 あなたは、身近にいる人との縁や繋がりのきっかけを考えたことはありますか?

 今回ご紹介する書籍は、人気バンドsumikaの片岡健太さんと、彼と関わる人々との記録を綴った人間賛歌エッセイ『凡者の合奏』。

 多くの絶望や数々の挫折を経験してきたなかでも、それ以上に人との関わりに救われた片岡さん。

「さまざまな人にとっての“sumika(住処)”のような場所になって欲しい」バンド名の由来にもあるように、sumikaの音楽はとにかく優しく、人への愛にあふれている。

 彼が織り成す、そっと背中を押してくれるような優しい言葉の源とは――?

「特別な才能があるわけじゃない」「1人では何もできない」「昔も今も常にあがいている」、凡者・片岡健太さんのすべてをさらけ出した一冊。オール本人書き下ろしに加えて、故郷の川崎市や思い出の地を巡った撮り下ろし写真も多数収録。また、『凡者の合奏』未収録写真を、ダ・ヴィンチWebにて特別公開いたします!

 結婚式で演奏をすることになった父と僕。演奏はうまくいかず、思い返せばいつも父には敵ったことはなかった。「もう二度とライブなんて出ない」と心に誓い、ギターに触れないまま数年が経ち…。

※本作品は片岡健太著の書籍『凡者の合奏』から一部抜粋・編集しました

凡者の合奏
『凡者の合奏』(片岡健太/KADOKAWA)

凡者の合奏
写真=ヤオタケシ

 結婚式当日。会場にいる大人たちは、さまざまな余興とアルコールによって、すでにフワフワと高揚していた。司会者の女性の甲高い声により「ご親戚の片岡様と、その御子息である健太様による、特別ライブ演奏です!」と言って紹介された僕は、緊張の面持ちで人生初のステージに向かった。

 深呼吸がてら、音叉でチューニングを済ませた。礼服に身を包んだ父親を横目で見ると、うっすらと笑っている。完全に乾燥した状態の口から、なんとかついて出た「せーの」という僕のカウントに合わせて曲が始まった。イントロから、Cメジャー、Gメジャー、Aマイナー、僕の得意なコードによって曲がスイスイと進行してゆく。

 来賓の方々も「あらー、この子ったら天才ギター少年なんじゃないのー?」とうっとり顔で、僕の演奏を見つめていた。父親も歌詞を飛ばすことなく、順調に歌い上げている。どう考えても良い滑り出しだ。会場の手拍子も味方につけて「いよいよサビがきた」というところで、会場のボルテージはマックスに到達した。僕の心の高揚感が、知らない銀河に突入しかけていた最中、サビの3コード目。

 僕はギターを弾く手を止めた。代わりに左隣でFコードが鳴る。1拍休んだ僕が次のコードから復帰する。その瞬間、会場の手拍子の音量が少しだけ下がった。サビを数回繰り返して構成されているその曲の、クライマックスの3コード目を、僕は毎回休んだ。Fコードは僕の手元からは鳴らず、毎回左側からしか鳴らなかった。子どもが演奏しているのだから仕方ないと気を遣われて、失敗しても手拍子の音量が不自然に下がらない。それがとても悔しかった。

「このままでいいのか?」と自問自答した末に、最後のサビで、僕はFコードにトライすることにした。人生が変わる瞬間に奇跡が起きるって、何かのアニメで観たことがある。

 2コード目が終わって次のコードに移行した瞬間「ガスッ」という鈍い音が手元で鳴り、左側の父からは、美しい音が鳴った。

 思い返せば、いつもそうだった。いつだって、僕は父に敵わなかった。

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