「好きなものに、嘘をついちゃいけない。」学校の自己紹介で、自ら間違いを訂正すると…/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

 あなたは、身近にいる人との縁や繋がりのきっかけを考えたことはありますか?

 今回ご紹介する書籍は、人気バンドsumikaの片岡健太さんと、彼と関わる人々との記録を綴った人間賛歌エッセイ『凡者の合奏』。

 多くの絶望や数々の挫折を経験してきたなかでも、それ以上に人との関わりに救われた片岡さん。

「さまざまな人にとっての“sumika(住処)”のような場所になって欲しい」バンド名の由来にもあるように、sumikaの音楽はとにかく優しく、人への愛にあふれている。

 彼が織り成す、そっと背中を押してくれるような優しい言葉の源とは――?

「特別な才能があるわけじゃない」「1人では何もできない」「昔も今も常にあがいている」、凡者・片岡健太さんのすべてをさらけ出した一冊。オール本人書き下ろしに加えて、故郷の川崎市や思い出の地を巡った撮り下ろし写真も多数収録。また、『凡者の合奏』未収録写真を、ダ・ヴィンチWebにて特別公開いたします!

 ある日、小学校で自己紹介をする機会があり、自分が目指しているものを紹介することに。「目指しているのはMr.Childrenです」と言ったけれど、語弊があり…。

※本作品は片岡健太著の書籍『凡者の合奏』から一部抜粋・編集しました

凡者の合奏
『凡者の合奏』(片岡健太/KADOKAWA)

凡者の合奏
写真=ヤオタケシ

 当時のミスチルは、とんでもないペースで新曲を発売しており、小学生のお小遣いで毎作買うのは難しかった。どうにかして聴こうと編み出した、ラジオ番組の音楽部分のみを録音するという手法で、新曲をチェックするのが精いっぱい。しかし、「この曲だけはどうしても良いクオリティーで聴きたい」と思った曲だけは、お小遣いを必死に貯めて購入していた。僕の布団敷きの技術が、旅館顔負けのクオリティーになったのは、この頃のおかげである。

 とある日、小学校内でクラス替えが行われ、自己紹介をする機会があった。名前とともに、自分が今目指しているものを言わなければならず、僕は「片岡健太です。目指しているのはMr.Childrenです」と言った。圧倒的に語弊がある。僕が目指しているのはミスチルのCDコンプリートであって、決して夢見るバンドマンではないのだ。他の生徒も「総理大臣になりたいです」とか、「〇〇ちゃんのリコーダーになりたいです」とか、支離滅裂なことを言っている。その中に馴染めば、僕がミスチルになりたいなんて、かわいいものなのだが、とんでもない後悔の念が、心の中を超高速で何度も駆け巡った。

 好きなものに、噓をついちゃいけない。そんな気持ちが僕を包んだ。全員分の自己紹介が終わり、先生が話を始めようとしたときに、僕は手を挙げた。「片岡君?」と、不思議そうな顔をした先生が、僕に発言をうながす。

「ごめんなさい。さっきは間違えてしまいました。僕が目指しているのは、ミスチルになることではなく、ミスチルのCDを全部集めることです」と言った。生真面目を通り越し、神経質だと宣言しているような訂正の仕方に、静寂が訪れた。1秒もしない間に「訂正しなければ良かった」と、後悔のセカンドウェイブが僕を飲み込もうとしているところで、「先生も、それは目指したいな」という声が届いた。

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