小説とラノベを分けるのはナンセンス!? 人気の「キャラ文芸」とは何か?【識者解説】

更新日:2015/5/7

書き継がれてきた“キャラクター”

――「ライト文芸」「キャラ文芸」では「キャラ立ち」や「登場人物の魅力」といったキャラクター性が重視されているようですが、従来のライトノベルやエンタメ小説でもキャラクター性は重要な要素でした。なぜ、あえてこの点を強調しているのでしょう。

大橋:「ライト文芸」や「キャラ文芸」がひとつの魅力として打ち出す“キャラクター”は決して新しいことではないと思います。1975年に創刊された朝日ソノラマのソノラマ文庫は当時からマンガ・アニメ的なキャラクターをずっと作ってきましたし、京極夏彦先生の小説に出てくる「京極堂」などもひとつのキャラクターとして完全に確立されています。このことは『ライトノベルから見た少女/少年小説史』でも書きましたが、ライトノベルをめぐって“キャラクター”の手法が1970年代以降に限られたマンガ、アニメ的なものが一方通行で小説に入ってきたものだと指摘されることがあります。しかし、そういう発想で考えるよりは、日本のエンタメ小説はずっとキャラクター的なものを書き継いできて、それがマンガ、アニメに越境したり、そこから小説に戻ってきたり、ずっと相互に行き来してきたと考えたほうが自然です。

 しかし、こういった作品にマンガ、アニメ的なイラストをつけることは、あまりなかったと思います。たとえば有川浩先生の『図書館戦争』は非常に魅力的なキャラクターを登場人物にしていますが、最初に出た単行本では登場人物のイラストが影としてしか出てきません。ここにマンガ、アニメ的なイラストがついていても、あまり抵抗感なく本を手に取って頂けるようになったのが、今の「ライト文芸」「キャラ文芸」かなと思います。また、それに合わせて、かつてのエンタメ小説よりもキャラクターがマンガ、アニメとの親和性を高くしていて、それが読者に受け入れられているように思います。

advertisement

今後求められるのは作品の多様化

――大橋さん自身も辰巳出版が2月に創刊したライト文芸「T-LINEノベルス」の監修を務められていますが、この「T-LINEノベルス」のコンセプトを教えてください。

大橋:「T-LINEノベルス」のコンセプトとしてまず挙げられるのは、かつてソノラマ文庫やゼロ年代に流行したライトノベルを読んでいた世代が大人になっているので、その読者が好む小説を作りたいということです。この点は、20~40代の男性読者を対象にして「小説家になろう」投稿作品を書籍化しているMFブックスさんに近いコンセプトなのですが、それをweb小説からの転載ではなく、オリジナルでやってみようというものです。メディアワークス文庫さんや新潮文庫nexさん、集英社オレンジ文庫さん、富士見L文庫さんが女性向けの方向になっている中、こちらはもう少し男性寄りの発想なので、その点でも他の「ライト文芸」とは内容的に違ってくるように思います。

 かつてライトノベル読者だった20~40代の人たちが、現在の少年向けライトノベルに戻ってくることがあるかと考えると、それはかなり厳しいと思います。10代の読者を想定して作品を作っていけば、当然どんどん世代が入れ替わります。現在のライトノベルは当時とはかなり作品の傾向が変わっていて、感覚がスマホ世代なんですね。

 ソノラマ文庫やゼロ年代のライトノベルは、いろいろ実験的なことをやっていて「なんでもあり」感が強かったように思います。そういう雰囲気を受け入れて、20代から40代の読者の方が、より楽しめる小説を出せるレーベルがほしいと考えたわけです。そして、かつてのライトノベル読者の方だけではなく、そこからさらに読者を広げていくための作品を作家の皆さんや担当編集者の方と考えながら展開していこうと考えています。

 それから20代~40代向けということになると、10代に向けたライトノベルよりは「男性向け」「女性向け」といった縛りが緩くなるので、「女性にも手に取ってもらえるものはなにか」ということを考えています。そこで注目したのが、少し前に流行した「ボカロ小説」の読者です。ニコニコ動画とYouTubeでのオリジナルPV制作、歌姫として人気のアーティストのヤマイさんに作家として小説を書いていただいたこと、また、4月に刊行した3冊で女性作家を並べていることは、このあたりを意識している部分です。

――大橋さんは実際に著者としてもライトノベル作品を執筆されてきましたが、「T-LINEノベルス」で発表した『大正月光綺譚 魔術少女あやね』は、これまでの作品と比べて、著者として作品制作にあたってどのような意識の違いがありましたか。

大橋:『あやね』はこれまで言ってきたような考え方を、実際の小説として書いた……という感じでしょうか。やや技術的な話になりますが、文庫版のライトノベルよりも、一般文芸のエンタテインメント小説に近い文章の書き方をしています。あとは、「『サクラ大戦』かよ!」とか、「ゲームでやれよ!」というツッコミを入れながら読んで頂けましたら(笑)。「T-LINEノベルス」の“えらいひと”が『サクラ大戦』の制作に関わられていた方なので、当時のゲームやアニメがやっていたことを現代風にアレンジしたら面白いかもしれないという話を編集さんを含めてずっとしていましたし、それはレーベルのコンセプトとしても狙っているところなので、それをやってみようと意識しました。

――「ライト文芸」「キャラ文芸」はさらに存在感を大きくしていくのでしょうか。このジャンルの今後について、お考えを教えてください。

大橋:10代向けのライトノベルは、刊行点数が増えているので全体としては微減なのですが、個々の作品を見ていくと一時期よりは落ち込んできています。おそらく今後は、固定読者を確保しながら、従来通りアニメーションを中心としたメディアミックス展開をすることで、新しい10代の読者を模索していくことになるでしょう。

 一方で「ライト文芸」「キャラ文芸」は、マンガ、アニメだけでなく、実写ドラマや実写映画に展開しやすいことが強み。その意味で、今後さらに広がっていくという可能性は十分に秘めています。

今は20代以上の女性をターゲットにしたコージーミステリー、90年代からゼロ年代のライトノベル読者だった層に向けたコンピューターRPGとの接続を匂わせるファンタジーが人気を集めていますが、やはり同じような作品に傾向が偏ってしまうと、飽きられるのも早いように思います。もちろん、今後さまざまなジャンル小説が入ってくるでしょう。エンタメ小説は生き物なので、ひとつのきっかけでがらりと状況が変わりますから。作家の立場でいうなら、結局は正解というものはなく、自分が面白い、読者の方に楽しんで頂きたいというところで書いていくしかないでしょうか。ジャンル全体としても、今後どのくらい面白い作品、読者に受け入れられる作品を出していくことができるかが、やはり重要だと思います。


大橋崇行
おおはし・たかゆき●1979年生まれ。作家、国文学研究者、東海学園大学人文学部人文学科講師。ライトノベルの著書に『妹がスーパー戦隊に就職しました』『ライトノベルは好きですか?―ようこそ!ラノベ研究会』など。評論に『ライトノベルから見た少女 / 少年小説史 : 現代日本の物語文化を見直すために』などがある。最新刊は自身が監修も務めるライト文芸レーベル『T-LINE』から刊行した『大正月光綺譚 魔術少女あやね 1 月光遊技場の地下室に罪人は棲む』。

取材・文=橋富政彦