日本中がどうかしていた! スゴすぎる昭和のオカルトブームをふり返る

オカルト

2015/5/1

ぼくらの昭和オカルト大百科』(初見健一/大空出版)

1970年代、日本は空前のオカルトブームに沸いていた。
『ノストラダムスの大予言』がヒットし、テレビにはUFO、超能力者、UMAがひっきりなしに登場。子供たちはツチノコ探しやコックリさんに夢中になり、元東京都知事のあの人はネッシーを探していた。
 どうかしてるとしか思えない昭和のオカルトブーム。その実態はどんなものだったのか? エロ・グロ・ハレンチな少年時代を回想した『ぼくらの昭和オカルト大百科』(大空出版)の著者で、昭和レトロに精通するライター初見健一氏に話を聞いた。

不安な世相が生み出した「イカレた時代」

「ふり返ってみても“イカレた時代”だったなと思いますね。今でこそオカルト的なものはサブカルチャー扱いですけど、当時は完全にメインストリーム。テレビにも雑誌にもその手の話題があふれかえっていました。子供向けのマンガ誌を見ても少年誌には『デビルマン』、少女誌には『洗礼』とか、とんでもない作品ばかり。まるで社会全体がネガティブ方向に針を振り切ったような感じだったんです」(初見さん・以下同)

 初見さんによれば、昭和オカルトブームが本格的に始まったのが1973年ごろ。この年、小松左京の『日本沈没』、五島勉の『ノストラダムスの大予言』という終末感たっぷりの2作品がベストセラーになり、翌年には伝説のオカルト映画『エクソシスト』も公開された。さらに心霊番組のパイオニア『あなたの知らない世界』(日本テレビ系列)がスタートするなど、今なおオカルト&ホラーファンを惹きつける画期的な作品が相次いで登場したのだ。背景にあるのは、当時の不安な世相だった。

「あの頃は公害が深刻な社会問題になっていて、世の中に暗い影を落としていたんです。小学校の授業でも、公害で奇形化した魚の写真なんかを見せられてすごく怖かった。さらに冷戦による核戦争の恐怖もあったし、学生運動のデモや爆弾テロのニュースも日常的にあった。このままいくと人類はヤバいんじゃないか、という空気が子供でも分かるくらい濃厚に漂っていたんです」

『ノストラダムスの大予言』が刊行されたのは、まさにそんなタイミングだった。1999年に人類は滅亡する! という同書のショッキングな内容は多くの人にトラウマと恐怖を植えつけた。

「『大予言』を無視できた小学生はいなかったと思いますよ。“人類滅亡の時32歳だよね”という話を同級生とよくしていました。怖いんだけど、人類滅亡と言われるとなぜかワクワクするところもある。“この本のせいで子どもたちが将来に希望を持てなくなってしまった”とPTAが批判していたんですが、分かってねえな、と当時から思っていました。怖がることと面白がることって、子供の中でちゃんと共存できるんですよ」

「ベントラ、ベントラ」屋上でUFOを探した昭和キッズ

 初見さんは1967年生まれ。小学校入学前後からUFOやネッシー、超能力などの情報をシャワーのように浴びて育った、オカルトブーム直撃世代だ。

「オカルトはキッズカルチャーの中でも大きな位置を占めていました。小学館の『入門百科』や立風書房の『ジャガーバックス』といった、エグい表紙の怪奇系児童書は学級文庫の定番。どこのクラスにも置いてあったんです。多摩川に釣りに行ったらツチノコ探し。学校の屋上では輪になってUFOを呼んでいました。“ベントラ、ベントラ、スペースピープル”と言いながら、ぐるぐる回るんです(笑)。遠足の写真が貼り出されたら、心霊写真を見つけるというのが当時の子供の楽しみ。ヘンなものでも写っていようものなら、その写真には注文が殺到していましたね。先生は何事かと思ったでしょうけど」

昭和キッズを夢中にさせたオカルト本の数々。デザインが◎!

 そんなオカルトブームの象徴とも言える存在こそ、長髪がトレードマークの超能力者ユリ・ゲラーだ。彼がテレビの特番で見せた「スプーン曲げ」のパフォーマンスに日本中の視聴者は熱狂した。

「これは手品じゃない、本物だぞと(笑)。当時アメリカ軍とソ連軍が超能力者を養成しているというまことしやかな噂があって、ユリ・ゲラーの能力にも妙なリアリティがあったんですよ。番組の最後には必ず、ゲラーがブラウン管ごしに“念”を送ってくるんです。うちにでは祖父の古い腕時計が突然動き出して、ちょっと不思議でしたね」

 放送の翌日から小学校は大騒ぎ。給食用のスプーンを使って、スプーン曲げに挑戦する子供たちが続出した。

「いくらやっても曲がらないので、しびれを切らして最終的に力で曲げちゃう。それを給食のおばさんがもとに戻すので、給食のスプーンはどれもうねうねになっていました。最終的には担任の先生から“スプーン曲げ禁止令”が出たりして(笑)。これは全国どこの小学校でも同じだったと思いますよ」

石原慎太郎元東京都知事はオカルトがお好き!?

 聞けば聞くほどぶっ飛んだ時代だが、面白いのはこれらのブームが決して子供だけのものではなかったということ。大人だって夢中になっていたのだ。

「うちの両親もオカルト番組が大好きで、特に心霊ものがあると必ずチェックしていました。ノストラダムスにしても心霊にしても、まず大人の世界でブームになって子供の世界に降りてきたんです。今となっては信じられないですけど、石原慎太郎氏なんて探検隊を組織してスコットランドまでネッシーを探しに行っている。石原氏はUFOや雪男にも興味を持っていたし、これ系の話題が実は好きなはずなんですよ」

 思わず「本当!?」と聞き返したくなるようなものが次々メディアを賑わした70年代。その極めつきはチンパンジーと人間の中間に位置するという謎の生物、オリバー君だろう。チャーター機に乗ってアメリカから来日したオリバー君。その姿は連日のようにテレビに映し出された。

「どう見ても毛を剃っただけのチンパンジーでしたね(笑)。でも、“騙された!”と怒るより、みんな笑っていました。子供達もさすがにこれはないだろうと思いつつ、楽しんで見ていました。オリバー君の花嫁募集という企画もありましたが、今だったら人権問題で大騒ぎになりますよ。当時のテレビには見世物小屋のような感覚がまだ残っていて、受け手も送り手もそのことをちゃんと理解していた。オカルトを楽しむためのリテラシーは、今以上に高かったんじゃないかと思います」

 どんなブームにもいつか終わりは訪れる。1978年、子供たちを脅えさせた「口裂け女」の大流行を最後に、未曾有のオカルトブームは少しずつ収束に向かっていった。以来、オカルトは何度かのバッシングや自主規制のせいもあって、メインストリームに返り咲くことなく、文化の隅っこに居場所を見つけている。
 かつてのオカルト少年は、この状況をどう感じているのだろうか。

「オカルトブームの時代に子供でいられたのは、本当に幸運だったなと。好奇心と想像力が刺激されて、毎日退屈する暇がなかったですから。オカルトは不健全でけしからんという意見もあるけど、空想の世界だけは自由であっていいはず。ばら色の未来を想像するのも、人類滅亡を空想するのも子供にとってはどちらも『面白いこと』なんです。ネガティブなものをなんでもかんでも規制する風潮って、なんだか気持ち悪いし、怖いですよね。まあ、当時はどう考えてもやり過ぎでしたけど(笑)」

 おどろおどろしくもロマンに溢れていた昭和のオカルトブーム。1970年代という時代が召喚したワイルドな想像力は、今なおわたしたちを魅了してやまない。

取材・文=朝宮運河

■初見健一さんの著書