禁断の快楽に溺れる兄弟の姿に身震いする、中村明日美子ワールド全開の新作解禁間近!

更新日:2015/8/6

 アニメ化が決定した「同級生」シリーズ(茜新社)、『Jの総て』(太田出版)など、BL界において独特の世界を解き放つ中村明日美子氏。8月10日に、『薫りの継承』(リブレ出版)の上下巻、9月10日には、『あの日、制服で』(リブレ出版)と、立て続けに3冊が刊行予定。ファン待望の新作である。

 今作も唯一無二の「ザ・中村明日美子ワールド」というべき世界観にどっぷりと浸かれる。上下巻と長作の『薫りの継承』は、いつまでも読み続けていたい耽美で刺激的な物語だ。この作品で描かれているのは、継母兄弟による禁断の関係。男同士であり、兄弟でもある、いくつものタブーを見事に描き最初から最後まで目が釘付けになる作品だ。

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 物語は兄に叱られる、なさけない弟を描くところから始まる。精彩に欠ける弟と、しっかりものの家長である兄。だがこの上下関係は、禁忌を犯した瞬間から逆転する。弟が兄から主導権を握る方法がまたとてつもない。兄に恋い焦がれる弟が、どうしても触れたい、我がものにしたいとき、取った行動は、相手の視覚を奪うこと。そして、兄の妻と同じオードトワレを付けること。

 想像して見てほしい、あなたの目が見えないときに、パートナーと同じ香水を付けた別人が手を伸ばしてきたら……。聴覚・触覚・嗅覚を総稼働させて、相手が何者か知ろうとするだろう。けれどそれを打ち消すような弟の大胆な行動は、たちまち兄を快楽へと引き込み我を忘れさせる。強烈な快感を覚えたふたりは、人目を忍んで逢瀬を重ねることに。けれど、行為の最中は目隠しをするというルールは設けられたまま。

 さらに刺激的なのは、兄の息子にあたる存在。彼が弟を手引きしたことにより、兄弟の関係は発展する。ときに、兄弟、息子、その身体ももつれ合い、さらなる快楽の扉を開くことも。けれど、その隠微な関係は長くは続かない。ふたりの関係は、始まると同時にカタストロフィへと走りだしている。

 舞台は由緒ある洋館から始まる。この洋館が象徴するように、物語全編に、日本的でいて、けれどゴシック調の気持ちの良い隠微さで覆われている。薫りに始まり、薫りに終わる。読みながらも五感を総動員させてしまう傑作である。

 一方の『あの日、あの制服で』は、短編集である。女物の下着を着ける男。剃毛の趣味を持った男。そして、書店の男子トイレでウリをする中学生。一般的でない性癖を持つ「ヘンタイ」たちが登場する。だが、彼らの心の機微を丁寧に中村氏は描く。叶わない恋を自覚する瞬間。自分の性癖を知られた恐ろしさ、そして実は自分を慕ってくれていた相手の気持ちに気がつくとき。

 どのストーリーも一筋縄では進まない。進んだと思えば戻ってしまう、もどかしさ。特殊な性癖という刺激性よりも、胸を打つ切なさが勝る作品集。中村氏の円熟した物語の構築力に引き込まれるだろう。最初にページを開いたときに、あのような結末になるとは、予想できないだろう。

 中村明日美子という世界に飢えていたファンには、乾きを潤すには充分な3冊である。

文=武藤徉子