困惑‥!苦悩‥!葛藤‥! 漆黒の超ブラック企業で悶絶する中間管理職の悪魔的社畜録『中間管理録トネガワ』

マンガ

更新日:2017/12/11

『中間管理録トネガワ』(福本伸行:協力、萩原天晴:原作、三好智樹、橋本智広:漫画/講談社)

 ふと思い立って、ネットであるワードを検索してみた。

………あった。

「社畜」シャチク
《会社に飼い慣らされている家畜の意》会社の言いなりになって、つらい仕事でも文句も言わず働いている会社員を、皮肉を込めてからかう語。
[補説]小説家の安土敏の造語という。(出典:小学館/デジタル大辞泉)

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 さらにウィキペディアを見ると、1990年に流行語のひとつに数えられていたと書いてある。思いのほか歴史のある言葉で少し驚いた。「ブラック企業」なども当時から使われていたそうだ。

 ところでマンガの世界にあるブラック企業と言えばどこだろう。いくつか思い当たるだろうが、中でも「帝愛グループ」は代表的なひとつだと思う。福本伸行氏の人気作「カイジ」シリーズで、いつも主人公の伊藤開司とギャンブル対決に明け暮れているあの金融コンツェルンである。

 そんな帝愛グループの真っ黒な内部事情を赤裸々に伝えている作品がある。ヤングマガジンで連載中の『中間管理録トネガワ』(福本伸行:協力、萩原天晴:原作、三好智樹、橋本智広:漫画/講談社)は、原作「カイジ」シリーズか

ら派生した良質のスピンオフであると同時に、ある男の苦悩と葛藤を描いた社畜マンガだ。

 主人公は利根川幸雄。大勢の部下を率いる最高幹部の一人でありながら、悪魔的暴君である会長・兵藤和尊のご機嫌取りに忙しい中間管理職である。


 利根川と言えば、原作でカイジに「金は命より重い‥‥!」や「ぶち殺すぞ‥‥‥‥‥ゴミめら‥‥‥!」と辛辣な言葉を浴びせたほど強烈な存在感で人気のキャラクター。発言の裏でまさかこんな状況に陥っていたのかと想像するだけで面白い。まさにギャップ萌えである。

 利根川は物語の開始早々から、兵藤に「死のゲームを企画しろ!」と無茶な指令を下されてしまう。ふつうなら全力拒否どころか警察に駆け込む案件だ。とはいえ利根川は社畜の鑑。帝愛グループで命がけの出世サバイバルを島耕作ばりに勝ち抜いてきた男である。さっそく部下を集めて新プロジェクトを始動するが……。今度は黒スーツとサングラスで統一された黒服たちの顔と名前を覚えるという無理難題に躓いてしまった。



『中間管理録トネガワ』は、今まさに頑張っている大人たちがつい頷いてしまう「サラリーマンあるある」の宝庫だ。ためしに利根川が体験した上司(兵藤)や黒服(部下)とのエピソードをいくつか書き出してみる。

・上司の思い付きの命令で週末が消し飛ぶ。
・正解が分からない状況で上司に意見を求められ焦る。
・上司の表情をうかがいながら答えようとする。
・早く通したい企画書を上司が読んでくれない。
・そもそも上司が不機嫌だと通る企画も通らない。
・大切な会議に部下が遅刻して来ない。
・大切な時期に限って社内でインフルエンザが流行る。
・間違った方向に進んでいる部下を上手く導けない。
・上司からちょいちょい忠誠心を試される。
・自分より上司のウケがいい同僚を見て嫉妬する。

 あなたは思い当たるものがいくつあっただろうか? 時代と逆行している、会社としてダメ、人としてどうかしている、などとツッコミはあれど、利根川の苦悩や葛藤は誇張されているとはいえ誰もが抱くモヤモヤだろう。

 それに、実際に読んでみると気付かされるが、利根川は仕事ができるだけでなく、漢気があって面倒見の良い、とても優れた上司である。部下の結婚式では華麗なムーンウォークを披露するし、自社のTwitterフォロワー数をかせぐためには自ら萌えイラストを描き始めるお茶目な一面ものぞかせる。多少旧時代的とはいえ好感度溢れるキャラクターだ。「あんな上司の下で働きたい…!」、そう思われてもおかしくない。あくまで帝愛グループじゃなければ、だが。

 仕事で色々な悩みを抱えている時、このマンガを読めば元気がもらえる。……かどうかは保証できないが、少なくとも中間管理職で板挟みに苦しむこの中年キャラクターが好きになることだけは断言したい。

文=小松良介

(C)福本伸行・萩原天晴・三好智樹・橋本智広/講談社