目標より成果をあげても罰せられる? 現代ビジネスに応用できる『韓非子』の考え方

ビジネス

公開日:2018/2/23

『韓非子 人を動かす原理』(韓非:著、前田信弘:編訳/日本能率協会マネジメントセンター)

「矛盾」の逸話は聞いたことがあるだろう。決して突き通すことはできない盾とどんなものでも突き通す矛を売る男に、ある人がこうたずねた。「その矛でその盾を突いたらどうなる」。

 この有名な「矛盾」は、中国の思想家・韓非の著した「韓非子」が出典であり、本書『韓非子 人を動かす原理』(韓非:著、前田信弘:編訳/日本能率協会マネジメントセンター)は、その現代語訳である。

 韓非は中国の戦国時代の生まれであるので、韓非子は2000年以上も前の書物であるが、「人間存在についての深い洞察があり、現代でも多くの教訓を得られるだろう」と前書きにある。2000年経っても人の心はそう変わらないということか。

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 韓非子の特徴は非情なことだ。人を動かすものは何か。それは愛情や思いやりではない、義理や人情でもない。それは「利」である、と韓非は説く。

 では、このように人間不信の哲学にのっとるのであれば、何に信頼をおくべきか。それは「法」、ルールである。仁や義のようなあいまいなものではなく、法・刑罰といった客観的な基準である。法を第一にかかげ、それが厳密に、公正に守られるべきとした。

 例をあげてみると、

「刑名参同」
申告と実績は一致すべし

という。

 まず、臣下にこれだけのことをやりますと申告させる。君主は、その申告によって仕事を与える。その結果、実績が最初の申告と一致すれば、賞を与える。反対に、一致しなければ、罰を与える。

 驚きなのは、申告以上の実績をあげた者も罰することだ。実績が大きいことを喜ばないわけではない。だが、臣下の申告と実績が一致しないことの害の方が、実績が大きいことよりも重大なのだ。だから罰するのである。

 できる人になりたければ相手の期待を超える仕事をしろ、などのアドバイスがされるような現代において、これは使える考えだろうか。本書では、現代への応用を編訳者が以下のように考察している。

 まず、申告(目標や予算など)を立てるときは、実績が違わぬよう、適正・適格なものにしなければならない。そして、組織においても、個人においても、申告と実績(結果・成果など)は必ず突きあわせて確認しなければならない。申告と実績が一致していないのならば、実績が良くても悪くても、その原因を追究する。原因を突きとめることができれば、改善につなげていくこともできる。これはまさに「PDCAサイクル」で、申告と実績の一致の考え方は、これに通じるものがある。

 次は説話を紹介しよう。

衛の国のある夫婦がお祈りをした。妻はこう祈った。
「どうかわたしたちが無事でありますように。そして百束の布をお恵みください」
「やけに小さい願いだな」
それを聞いた夫がこういうと、妻は答えた。
「これより多いと、あなたが妾をつくるでしょうから」

「身近な人物でも利害は異なる」の説話である。人にとっての利とは一律なものではない。そして利を求める心は誰にでもある、ということだ。

 これについても、現代への活かし方がこう述べられている。

 上司・部下、他社にとっての利とは何かを考える。そして自分にとっての利とは何かを考える。そして利を活用する。たとえば、メンバーにとっての利を把握できれば、その利を利用して意欲を持たせ、やる気を向上させるなどだ。

「韓非子」の根底には人間不信があるため、良好な人間関係を築いてともに成長しようという考えの人は違和感を覚えるかもしれない。しかし、全員を信用できる組織は稀有であろうし、情によるマイナスの影響が皆無である職場もごくわずかであろう。そのような場合に、韓非子が役に立つと思われる。また、心変わりしない人などいないのであるから、韓非子に示される情によらない人間掌握法は、誰にでも何がしかの示唆を与えてくれるのではないだろうか。

文=高橋輝実