“外務省のラスプーチン”が『キングダム』から盗んだ「知的サバイバル術」

ビジネス

公開日:2018/3/15

『武器を磨け 弱者の戦略教科書『キングダム』(SB新書)』(佐藤優/SBクリエイティブ)

「今の時代は~」のような物言いに固執するのは好きではないが、でもこうも思う。「現代は、何事に対しても神経質になりすぎていないか?」と。自分の内側から湧いてくる“情熱”を押し殺すことを、無意識のうちに強要されているような、そんな気がするのである。“今の若い人”は、本質的に熱くないのではなく、熱くなることが出来ないような空気に包まれてしまっているだけなのではないか、とすら思えてしまう。

『武器を磨け 弱者の戦略教科書『キングダム』(SB新書)』(佐藤優/SBクリエイティブ)という1冊をご紹介したい。著者の佐藤優氏は、タフな生き方がどこか敬遠される寂しい時代に風穴を開けるように「小利口なバカになるな。知的野蛮人になれ!」と声を上げる。この人ほど“知的野蛮人”という言葉が似合う頼もしい人物はそうそういない。

「強く生きていきたい」という感情を殺しながら、「出る杭は打たれる社会」で周りに合わせながら生きていくという世知辛い構造を打ち破るために必要なものは「知的武装」であるという。さらに著者は、その「知的武装」(=現代を生きる我々がいま必要としている処世術)が詰め込まれている優れた教科書は、漫画『キングダム』であると説く。本書では、著者が『キングダム』から読み解いた「知的武装」の流儀が、かなりの熱を持って解説されている。

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■知恵の力を過信するな。堀江貴文が負けた理由

 そもそも「力」とは資本力であり、知恵だけが力の根源なのではないと著者は説く。知恵と力の関係は「総合力=知恵×力の二乗」という関数で表されるという。つまり、資本力が自分の倍の相手と戦うには倍の知恵ではなく、4倍の知恵が必要なのだ。さらに著者は、多くの人は知恵の力を過剰に評価していると説く。資本力、経済力、腕力が強い相手に知恵や知力で勝つには、相手の持つ力の二乗で考えなければならない。

そこを勘違いするとひどい目に遭う。ホリエモンこと堀江貴文氏が一時期、メディアを買収し自らのロジックで圧倒的な資本力に勝とうとしたが、結果的に彼は私と同じように国策捜査の網にかけられ収監された。

ホリエモンの知恵と、彼が持っていた程度の資本力では経団連クラスの資本力とは戦えなかったのである。有り体にいえば、巨大な力にケンカを売って相手を本気で怒らせたということだ。(57~58ページ)

■高めるべき「非認知能力」とは

 知恵だけでは権力(=端的に言えばお金)に打ち勝つことが出来ないということは理解できるが、だからといって我々は大人しく諦めるしかないのか。そうした状況に幽閉されている我々に著者が勧める磨き抜くべきものが、「知的サバイバル術」としての「非認知能力」だ。『キングダム』でいえば、本能型の武将である麃公がまさにそうだ。未知の問題に遭遇した際に、計略を己の直感で見抜くシーンがあり「理解の範疇を超える本能型のきわみにある武将」と評されている。

 さらに、人は大きく分けて二つの「知の力」を持っていると著者はいう。一つは「認知能力」と呼ばれるもので、知識や学力など定量的に計ることが出来るものだ。そしてもう一つが、忍耐力や社交性、自尊心など学力やIQでは計れない内面の力である「非認知能力」であるのだという。優秀とされるビジネスパーソンほど、これまで学力や専門能力、専門知識を高めることをしてきている。ただ、そうしたせっかく持っている知を、どんな状況でどのように使えば相手がその気になるのか、どうすれば未知の問題に援用できるのかといったことを考え行動に移す力が弱ければこの社会では戦えない。ここで重要になるのが上述の「非認知能力」である。

 この「非認知能力」を高めるためには「読書」が侮れないと著者は説く。読書によって自分が経験していないことを追体験すると、作中の情景を心の中で思い描く力や、登場人物を想像する力が付き、「共感力」「想像力」といった、頭で考える認知能力だけではなく、自分の心、つまり本能で感じる非認知能力が鍛えられるのだという。これからの時代は、論理化できる「認知能力」と、論理化できない「非認知能力」の両方を持っている人間こそが評価され生き残れるのだ。

 著者は本書あとがきで、哲学者である千葉雅也氏の「勉強によって自由になるとは、キモい人になることである」という名言を紹介している。私もこの言葉が大好きだ。本心では望んでいない集団の中で浮かないために、自分の熱い気持ちを押し殺しながら常に当たり障りのない「反応」ばかりをして時間を費やす人生で良いのか? 「知的武装」は時として、孤独を味わうことにもつながる。あなたが現在属しているコミュニティが、あなたが本心からは望むものでない場合、周囲の「ノリ」にそぐわない言動を取ってしまったりして浮いてしまう恐れがあるからだ。それこそ、「キモい人」のように見られてしまうかもしれない。

 しかし、それほどの「知的武装」をしているからこそ、他の人たちが決してたどり着けないような場所に行くこともできるのだ。そして生温い現状からの決別が出来た者こそが、孤独を通り越した末の素晴らしい仲間をも手に入れることが出来るのではないだろうか。熱い闘志を胸の内に秘めた現代人に応えてくれる本書、おすすめだ。

文=K(稲)