大学教授の妻でありながら夫には抱かれない女…“エロス”によって人生を翻弄される人々の行く末は――

マンガ

公開日:2018/7/8

『エロスの種子』(集英社)

 人はときに“快楽”により過ちをおかす。いけないとわかっていながら、抗えない。それは一夜の浮気程度のものかもしれないし、その後の一生を大きく狂わされてしまうものかもしれない。「いや、私は大丈夫だ」と思っていたとしても、果たしてこの作品の登場人物たちの立場で同じことを言えるのだろうか、というと怪しい。

 もんでんあきこの描く『エロスの種子』(集英社)は欲情によって人の運命が翻弄されていく様を鮮やかに描いた短編集だ。

 現在2巻まで出ており、登場人物の関連性が示唆される場面はあれど、すべてテーマも時代も違うストーリーとして独立している。「エロス」といっても切り口によりその表れ方は様々であるが、どのストーリーも欲情により芽生えた恋慕や憎しみ、孤独など、様々な感情が登場人物たちを翻弄していく様子を見事に描ききっている。

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 1巻の第1話「因果」では、大学教授の屋敷に住まわせてもらうことになった苦学生が、ひょんなことから彼の嫁と肉体関係をもつことから始まる。自分を救ってくれた恩師を裏切るような行為。こんなことはいけない、とわかっているのに抗えない。……しかし、その彼の欲情は、また別の誰かの欲情により、人為的に仕組まれたものだった。

 どのストーリーも、短いながら、エロティックなセックスシーンはもちろん、ちりばめられた伏線や、世界観を形作る背景描写、緻密に練りこまれた展開など、読後の満足度が高い。

 また、続く2話目の「人形」では、「人間に仕込まれたエロスの種は 死の淵に立った時より強く芽吹き貪欲に育つ それはまるで肉体が死を遠ざけるように」という印象的なモノローグから始まる。これは、戦時中に家も家族も焼かれた少女が、ある夫婦にかくまわれる物語なのだが、この話によらず、この作品集はどれも「エロスと死」という関係が密に描かれているような気がしてならない。

 それはひとつ、戦時中などの時代設定が多いことも一因だろう。ただそれに限らず、母親の病死、自らの老い、世代の移り変わり、殺害、難病など、どの物語も「死」そのものであったり、それにまつわる描写が多くあったりする。そもそも誰かに対する欲情やエロスを、儚い命である植物の「種」にたとえている点にも、どこか「いずれくる死」の不穏な雰囲気を感じさせる。

 そんな極限の状態の中、登場人物たちは自らの“エロス”に正直に行動を起こす。

 それが人として正しい道か、それとも間違っているのか、それは簡単には判断がつけられない。だからこそ、どれも読後はやるせない思いにさせられる物語ばかりだ。しかし、そこには単なる娯楽や生殖目的ではおさまらない、情感溢れる人と人のまぐわいがある。悲しくも嬉しい、心の通い合いがある。人生の理不尽さや無常を感じながらも、刹那的なエロスの悦びを描ききった珠玉の短編集である。

文=園田菜々