何度殺されても甦り、恐怖は増殖していく……。ホラーマンガ家・伊藤潤二が生み出した、“富江”という化物

マンガ

更新日:2018/8/10

伊藤潤二傑作集 1 富江 上』(伊藤潤二/朝日新聞出版)

 夏といえば、ホラーの季節! ということで、ダ・ヴィンチニュースで「ホラーマンガ」を大々的に特集することになった。「好きなものを紹介してください」という発注を受け、意気揚々としたのも束の間、すぐに頭を抱えた。好きなホラーマンガが多すぎる……。

 なので、とにかく心に残っている作品を片っ端から紹介することに。そこで真っ先に浮かんだのが、伊藤潤二さんが生み出した名作ホラーマンガ『富江』シリーズだ。本作は伊藤さんの代表作。これまでに何度も実写映画化もされており、ホラー好きならば一度は触れたことがあるのではないだろうか。

 本作のタイトルにもなっている“富江”とは、ある美少女の名前だ。彼女は誰もが息を呑むような美貌を持ち、出会う男たちを一人残らず魅了していく。しかし、それが悲劇の引き金となる。彼女に魅せられた男たちは欲望を抑えることができなくなり、やがてはひとつの結論へと達してしまう。それは、「富江を殺害する」という行為。彼女を自分だけのものにしたい、殺してでも手に入れたい。そんな黒い欲望が、富江を無残な姿へと変えてしまう事件を引き起こす。

advertisement

 しかし、殺された富江は、必ず甦る。バラバラにされてもその肉塊一つひとつが細胞分裂を繰り返し、やがては肉塊の数だけ富江が誕生する。そして、増殖した富江たちは、また新たに男たちを誘惑していくのだ。

 そんな化物である富江が読者に恐怖をもたらすのだが、さらに恐ろしいのは、善良な一市民だった登場人物たちが徐々に狂っていく描写だ。きっかけはほんの些細な恋心でしかない。美しい彼女に一目惚れをしてしまう。それはごく日常的なできごとだ。しかし、富江は彼らの恋心を手玉に取り、ときには殺し合いまでさせてしまう。

 群衆が誤った方向へと突き進んでしまった結果、最後に待ち受けているのは目も当てられないような悲劇だ。それはまるで独裁者に操られる国民の姿のようでもある。そんな哀しい歴史と富江たちの姿が重なったとき、本当に怖いのは狂気にとらわれた人間なのかもしれないと思わされる。

 また、富江が儚さをたたえる美少女として描かれているのも恐怖心を煽る。美と恐怖を共存させた伊藤さんの手腕には、もはやため息しか出ない。あなたはなんて化物を生み出したのですか……!

 富江こそ、ホラー界のヒロインに相応しい存在だ。ただし、非常に“有害”であることを書き添えておくが。

文=五十嵐 大